淮南子 / 要略
故景星見,祥風至,黃龍下,鳳巢列樹,麟止郊野。德不內形,而行其法藉,專用制度,神祇弗應,福祥不歸,四海不賓,兆民弗化。故德形於內,治之大本。此《鴻烈》之《泰族》也。
新字:故景星見,祥風至,黄竜下,鳳巣列樹,麟止郊野。徳不内形,而行其法藉,専用制度,神祇弗応,福祥不帰,四海不賓,兆民弗化。故徳形於内,治之大本。此《鴻烈》之《泰族》也。
書き下し
故に景星 見れ、祥風 至り、黃龍 下り、鳳 列樹に巢くい、麟 郊野に止まる。德 內に形れずして、其の法藉を行い、專ら制度を用うれば、神祇 應ぜず、福祥 歸せず、四海 賓せず、兆民 化せず。故に德 內に形るるは、治の大本なり。此れ鴻烈の泰族なり。
現代語訳
そこで瑞星が現れ、めでたい風が吹き、黄龍が降り、鳳凰が並木に巣をかけ、麒麟が郊外に立ち止まる。徳が内に現れないまま、法の文書を行い、もっぱら制度だけを用いれば、神々は応じず、福も瑞兆も帰らず、四海は従わず、億兆の民は感化されない。だから、徳が内に現れることこそ、治の大本である。これが『鴻烈』の泰族篇である。
解説
淮南子二十一巻の、最後の結論です。「德 內に形れずして、其の法藉を行い、專ら制度を用うれば……兆民 化せず」。制度を否定してはいません。制度だけでは動かない、と言っている。長大な書物の締めが、内側に徳が形をとることに置かれました。「此れ鴻烈の泰族なり」——書名『鴻烈』が、ここで一度だけ名乗られます。
この章句が説くこと
景星見れ祥風至り黄竜下り鳳列樹に巣くい麟郊野に止まる徳内に形れずして其の法藉を行い専ら制度を用うれば神祇応ぜず福祥帰せず四海賓せず兆民化せず故に徳内に形るるは治の大本なり此れ鴻烈の泰族なり徳
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