淮南子 / 要略
《氾論》者,所以箴縷縩繺之間,攕揳唲齵之郤也。接徑直施,以推本樸,而兆見得失之變,利病之反,所以使人不妄沒於勢利,不誘惑於事態,有符曮晲,兼稽時勢之變,而與化推移者也。《詮言》者,所以譬類人事之指,解喻治亂之體也。差擇微言之眇,詮以至理之文,而補縫過失之闕者也。
新字:《氾論》者,所以箴縷縩繺之間,攕揳唲齵之郤也。接径直施,以推本樸,而兆見得失之変,利病之反,所以使人不妄没於勢利,不誘惑於事態,有符曮晲,兼稽時勢之変,而与化推移者也。《詮言》者,所以譬類人事之指,解喻治乱之体也。差択微言之眇,詮以至理之文,而補縫過失之闕者也。
書き下し
氾論なる者は、縩繺の間を箴縷し、唲齵の郤を攕揳する所以なり。徑を接ぎ直ちに施し、以て本樸を推し、而して得失の變、利病の反を兆見す。人をして妄りに勢利に沒せず、事態に誘惑せられず、符 曮晲有り、兼ねて時勢の變を稽えて、化と推移せしむる所以の者なり。詮言なる者は、人事の指を譬類し、治亂の體を解喻する所以なり。微言の眇を差擇し、詮ずるに至理の文を以てし、而して過失の闕を補縫する者なり。
現代語訳
氾論篇は、縫い目のあいだを針と糸で綴じ、噛み合わせの狂った隙間に楔を打ち込むためのものである。近道をつないでまっすぐに施し、素朴な根本を押し進め、得失が入れ替わり、利と害が裏返る兆しを見せる。人がむやみに権勢や利益に沈まず、その場の情勢に惑わされず、しるしを見比べる目を持ち、あわせて時勢の変化を考えて、変化とともに移っていけるようにするためのものである。詮言篇は、人の事の指し示すところを類でたとえ、治乱のありようを解き明かすためのものである。微かな言葉の細やかさを選り分け、至上の理の文で言い当て、過失の欠けたところを縫い合わせるものである。
解説
氾論篇のねらいが、縫い物と大工仕事のたとえで説明されます。ほつれた縫い目を綴じ、噛み合わない隙間に楔を打つ。既にある教えの、うまくいかない継ぎ目を直す篇だということです。詮言篇も同じで「過失の闕を補縫する」。壮大な体系ではなく、繕いの仕事として自分の書を位置づけています。
この章句が説くこと
氾論なる者は縩繺の間を箴縷し唲齵の郤を攕揳する所以なり得失の変利病の反を兆見す人をして妄りに勢利に没せず事態に誘惑せられざらしむ兼ねて時勢の変を稽えて化と推移せしむる所以の者なり詮言なる者は微言の眇を差択し而して過失の闕を補縫する者なり氾論
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