淮南子 / 要略
《繆稱》者,破碎道德之論,差次仁義之分,略雜人間之事,總同乎神明之德,假像取耦,以相譬喻,斷短為節,以應小具。所以曲說攻論,應感而不匱者也。
新字:《繆称》者,破砕道徳之論,差次仁義之分,略雑人間之事,総同乎神明之徳,仮像取耦,以相譬喻,断短為節,以応小具。所以曲説攻論,応感而不匱者也。
書き下し
繆稱なる者は、道德の論を破碎し、仁義の分を差次し、人間の事を略雜し、神明の德に總同し、像を假り耦を取り、以て相い譬喻し、短きを斷ちて節と爲し、以て小具に應ず。曲說攻論、感に應じて匱しからざる所以の者なり。
現代語訳
繆称篇は、道徳についての大きな論を細かく割り、仁義の区分に順序をつけ、人の世の事を取りまぜ、神妙の徳に束ね合わせ、像を借り対を取って互いにたとえ、短く切って一節とし、小さな場面に応じられるようにする。細やかな説や突っ込んだ論で、その場に応じて言葉が尽きないようにするためのものである。
解説
繆称篇の作り方の説明です。「短きを斷ちて節と爲し、以て小具に應ず」——大きな論を短い断片に切って、小さな場面ごとに使えるようにする。長い議論ではなく、その場で出せる一句にしておく。この本が短文の連なりでできている理由が、ここで明かされます。
この章句が説くこと
繆称なる者は道徳の論を破砕し仁義の分を差次す人間の事を略雑し神明の徳に総同す像を仮り耦を取り以て相い譬喻す短きを断ちて節と為し以て小具に応ず曲説攻論感に応じて匱しからざる所以の者なり繆称
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