淮南子 / 要略
《覽冥》者,所以言至精之通九天也,至微之淪無形也,純粹之入至清也,昭昭之通冥冥也。乃始攬物引類,覽取撟掇,浸想宵類,物之可以喻意象形者,乃以穿通窘滯,決瀆壅塞,引人之意,系之無極,乃以明物類之感,同氣之應,陰陽之合,形埒之朕,所以令人遠觀博見者也。
新字:《覧冥》者,所以言至精之通九天也,至微之淪無形也,純粋之入至清也,昭昭之通冥冥也。乃始攬物引類,覧取撟掇,浸想宵類,物之可以喻意象形者,乃以穿通窘滞,決瀆壅塞,引人之意,系之無極,乃以明物類之感,同気之応,陰陽之合,形埒之朕,所以令人遠観博見者也。
書き下し
覽冥なる者は、至精の九天に通ずるや、至微の無形に淪むや、純粹の至清に入るや、昭昭の冥冥に通ずるやを言う所以なり。乃ち始めて物を攬り類を引き、覽取撟掇し、想を浸し類を宵べ、物の以て意を喻し形を象る可き者、乃ち以て窘滯を穿通し、壅塞を決瀆し、人の意を引きて、之を無極に系ぐ。乃ち以て物類の感、同氣の應、陰陽の合、形埒の朕を明らかにす。人をして遠く觀 博く見せしむる所以なり。
現代語訳
覧冥篇は、極まった精気が九天に通じること、極まった微かなものが形のないところに沈むこと、純粋なものが至って清いところに入ること、明らかなものが暗いところに通じることを述べるためのものである。そこで物を取り上げ類を引き、見比べて拾い上げ、思いを浸し類を並べ、物のうち意を伝え形をかたどれるものを使って、行き詰まりを穿ち通し、塞がりを掘り開き、人の思いを引いて、限りのないところにつなぐ。そうして同類の感応、同じ気の呼応、陰陽の結び、かたちの兆しを明らかにする。人に遠くを見渡し広く見させるためのものである。
解説
覧冥篇のねらいが「窘滯を穿通し、壅塞を決瀆す」——詰まりを通し、塞がりを掘り開くことだと書かれています。使う道具は、たとえです。「物の以て意を喻し形を象る可き者」を持ってきて、言葉で届かないところに人の思いを引いていく。淮南子が比喩を多用する理由が、ここで明かされています。
この章句が説くこと
覧冥なる者は至精の九天に通ずるや至微の無形に淪むやを言う所以なり乃ち始めて物を攬り類を引き覧取撟掇す物の以て意を喻し形を象る可き者乃ち以て窘滞を穿通し壅塞を決瀆し人の意を引きて之を無極に系ぐ物類の感同気の応陰陽の合を明らかにす人をして遠く観博く見せしむる所以なり比喩
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