淮南子 / 要略
《俶真》者,窮逐終始之化,嬴垀有無之精,離別萬物之變,合同死生之形。使人遺物反己,審仁義之間,通同異之理,觀至德之統,知變化之紀,說符玄妙之中,通回造化之母也。《天文》者,所以和陰陽之氣,理日月之光,節開塞之時,列星辰之行,知逆順之變,避忌諱之殃,順時運之應,法五神之常,使人有以仰天承順,而不亂其常者也。
新字:《俶真》者,窮逐終始之化,嬴垀有無之精,離別万物之変,合同死生之形。使人遺物反己,審仁義之間,通同異之理,観至徳之統,知変化之紀,説符玄妙之中,通回造化之母也。《天文》者,所以和陰陽之気,理日月之光,節開塞之時,列星辰之行,知逆順之変,避忌諱之殃,順時運之応,法五神之常,使人有以仰天承順,而不乱其常者也。
書き下し
俶真なる者は、終始の化を窮逐し、有無の精を嬴垀し、萬物の變を離別し、死生の形を合同す。人をして物を遺れて己に反り、仁義の間を審らかにし、同異の理に通じ、至德の統を觀、變化の紀を知り、玄妙の中に說符し、造化の母に通回せしむるなり。天文なる者は、陰陽の氣を和し、日月の光を理め、開塞の時を節し、星辰の行を列ね、逆順の變を知り、忌諱の殃を避け、時運の應に順い、五神の常に法り、人をして以て天を仰ぎ承順して、其の常を亂さざること有らしむる所以なり。
現代語訳
俶真篇は、始めと終わりの変化を追い究め、有と無の精妙さを掬い上げ、万物の変わりようを分け、死と生のかたちを一つにする。人に、物を忘れて自分に返らせ、仁と義のあいだを見きわめさせ、同じと違うの理に通じさせ、至上の徳の筋を見せ、変化の道すじを知らせ、奥深いところで符合を説き、万物を生む母に通い戻らせる。天文篇は、陰陽の気を和らげ、日月の光を整え、開くときと閉ざすときを区切り、星辰の運行を並べ、逆と順の変化を知り、忌むべき災いを避け、時の巡りに順い、五つの神のきまりに則り、人が天を仰いで承け従い、その常を乱さないようにするためのものである。
解説
俶真は内側へ、天文は外側へ向きます。俶真は「物を遺れて己に反り」、天文は「天を仰ぎ承順して、其の常を亂さざる」。同じ書物の中で、自分に返る方向と、外の秩序に合わせる方向が、並んで置かれている。この二本立てが、淮南子という書の幅そのものです。
この章句が説くこと
俶真なる者は終始の化を窮逐し有無の精を嬴垀す人をして物を遺れて己に反り仁義の間を審らかにせしむ変化の紀を知り造化の母に通回せしむるなり天文なる者は陰陽の気を和し日月の光を理め星辰の行を列ぬ人をして以て天を仰ぎ承順して其の常を乱さざること有らしむる所以なり俶真
関連する章句
-
『淮南子』要略夫れ書論を作爲する者は、道德を紀綱し、人事を經緯し、上は之を天に考え、下は之を地に揆り、中は諸理に通ずる所以なり。未だ玄妙の中才を抽引する能わずと雖も、繁然として以て終始を觀るに足る。要を總べ凡を舉ぐるも、語 純樸を剖判し、大宗を靡𢿱せざれば、人の惽惽然として知る能わざるを懼る。故に多く之が辭を爲し、博く之が說を爲す。又た人の本を離れて末に就くを恐る。故に道を言いて事を言わざれば、則ち以て世と浮沉する無し。事を言いて道を言わざれば、則ち以て化と遊息する無し。故に二十篇を著す。原道有り、俶真有り、天文有り、墜形有り、時則有り、覽冥有り、精神有り、本經有り、主術有り、繆稱有り、齊俗有り、道應有り、氾論有り、詮言有り、兵略有り、說山有り、說林有り、人間有り、修務有り、泰族有るなり。
-
『淮南子』要略地形なる者は、南北の修きを窮め、東西の廣きを極め、山陵の形を經め、川谷の居を區かち、萬物の主を明らかにし、生類の眾きを知り、山淵の數を列ね、遠近の路を規る所以なり。人をして通回周備し、動かすに物を以てす可からず、驚かすに怪を以てす可からざらしむる者なり。時則なる者は、上は天時に因り、下は地力を盡くし、度に據り當に行い、諸々の人則に合し、十二節に形り、以て法式と爲し、終わりて復た始まり、無極に轉じ、因循仿依して、以て禍福を知り、操舍開塞、各々龍忌有り、號を發し令を施すに、時を以て教期する所以なり。君人たる者をして事に從う所以を知らしむ。
-
『淮南子』俶真訓夫れ天の覆う所、地の載する所、六合の包む所、陰陽の呴する所、雨露の濡す所、道德の扶くる所、此れ皆な一父母に生じて一和を閱するなり。是の故に槐榆と橘柚と合して兄弟と為り、有苗と三危と通じて一家と為る。夫れ目は鴻鵠の飛ぶを視、耳は琴瑟の聲を聽き、而して心は雁門の間に在り。一身の中、神の分離剖判すること、六合の内、一舉にして千萬里なり。是の故に其の異なる者よりして之を視れば、肝膽も胡・越なり。其の同じき者よりして之を視れば、萬物一圈なり。百家の異説、各ミ出づる所有り。夫の墨・楊・申・商の治道に於けるが若きは、猶お蓋の一橑無く、輪の一輻無きがごとし。之有れば以て數を備う可く、之無きも未だ用に害有らざるなり。己自ら以て獨り之を擅にすと為すは、之を天地の情に通ぜざるなり。今夫れ治工の器を鑄るや、金鑪中に踊躍し、必ず波溢して播棄せらるる者有り。其の地に中りて凝滯するも、亦た以て物に象る者有り。其の形小しく用うる所有りと雖も、然れども以て周室の九鼎に保んず可からず。又た況んや規形に比する者をや。其の道と相い去ること亦た遠し。
-
『淮南子』要略劉氏の書の若きは、天地の象を觀、古今の事に通じ、事を權りて制を立て、形を度りて宜しきを施し、道の心を原ね、三王の風を合わせて、以て儲與扈冶す。玄眇の中、精搖靡覽して、其の畛挈を棄て、其の淑靜を斟み、以て天下を統べ、萬物を理め、變化に應じ、殊類に通ず。一跡の路に循い、一隅の指を守り、牽連の物に拘系せられて、世と推移せざるに非ざるなり。故に之を尋常に置きて塞がらず、之を天下に布きて窕からず。
-
『淮南子』天文訓勝を以て擊殺すれば、勝ちて報無し。專を以て事に從えば、專にして功有り。義を以て理を行えば、名立ちて墯ちず。保を以て畜養すれば、萬物蕃昌す。困を以て事を舉ぐれば、破滅死亡す。北斗の神に雌雄有り、十一月始めて子に建ち、月ごとに一辰に從い、雄は左行し、雌は右行す。五月午に合して刑を謀り、十一月子に合して德を謀る。太陰の居る所の辰を猒日と爲す。猒日は以て百事を舉ぐ可からず。堪輿徐ろに行き、雄は音を以て雌を知る。故に奇辰と爲す。數は甲子より始まり、子母相い求め、合する所の處を合と爲す。十日十二辰、六十日を周り、凡そ八合あり。歲前に合すれば則ち死亡し、歲後に合すれば則ち殃無し。
-
『淮南子』俶真訓始め有る者有り、未だ始めより始め有らざる者有り、未だ始めより夫の未だ始めより始め有らざる者有り。有る者有り、無き者有り、未だ始めより有無有らざる者有り、未だ始めより夫の未だ始めより有無有らざる者有り。所謂始め有る者とは、繁憤未だ發せず、萌兆牙櫱、未だ形埒垠堮有らず、無無蝡蝡として、將に生興せんと欲して未だ物類を成さざるなり。未だ始めより始め有らざる者有りとは、天氣始めて下り、地氣始めて上り、陰陽錯合し、相い與に宇宙の間に優游競暢し、德を被り和を含み、繽紛蘢蓯として、物と接せんと欲して未だ兆朕を成さざるなり。未だ始めより夫の未だ始めより始め有らざる者有りとは、天は和を含みて未だ降さず、地は氣を懷きて未だ揚げず、虛無寂寞、蕭條霄雿として、仿佛たる有る無く、氣遂びて大いに冥冥に通ずる者なり。有る者有りとは、萬物摻落し、根莖枝葉、青蔥苓蘢、萑蔰炫煌、蠉飛蝡動、蚑行噲息、切循把握す可くして數量有るを言う。無き者有りとは、之を視れども其の形を見ず、之を聽けども其の聲を聞かず、之を捫すれども得可からざるなり、之を望めども極む可からざるなり。儲與扈冶、浩浩瀚瀚として、隱儀揆度す可からずして光耀に通ずる者なり。未だ始めより有無有らざる者有りとは、天地を包裹し、萬物を陶冶し、大いに混冥に通じ、深閎廣大にして、外と為す可からず、豪を析き芒を剖ちて、内と為す可からず、環堵の宇無くして有無の根を生ずるなり。未だ始めより夫の未だ始めより有無有らざる者有りとは、天地未だ剖かれず、陰陽未だ判たれず、四時未だ分かたれず、萬物未だ生ぜず、汪然として平靜、寂然として清澄、其の形を見る莫し。光燿の無有に間いて、退きて自ら失うが若し。曰く、予能く無を有せども、未だ無を無くする能わざるなり。其の無を無くするを為すに及びては、至妙何ぞ此に及ぶに從わんや、と。