淮南子 / 泰族訓
且聾者,耳形具而無能聞也;盲者,目形存而無能見也。夫言者,所以通己於人也;聞者,所以通人於己也,喑者不言,聾者不聞,既喑且聾,人道不通。
書き下し
且つ聾者は、耳の形 具わりて能く聞くこと無きなり。盲者は、目の形 存して能く見ること無きなり。夫れ言なる者は、己を人に通ずる所以なり。聞くなる者は、人を己に通ずる所以なり。喑者は言わず、聾者は聞かず。既に喑にして且つ聾なれば、人道 通ぜず。
現代語訳
耳の聞こえない者は、耳の形は備わっているが聞くことがない。目の見えない者は、目の形はあるが見ることがない。言うということは、自分を人に通じさせる手立てである。聞くということは、人を自分に通じさせる手立てである。物を言わない者は言わず、聞こえない者は聞かない。言いもせず聞きもしなければ、人の道は通じない。
解説
「言なる者は、己を人に通ずる所以なり。聞くなる者は、人を己に通ずる所以なり」。話すことと聞くことを、二方向の通路として定義しています。どちらか一方が塞がっているだけで往来は止まる。前段の「冥室」の比喩を受けて、閉じているのは部屋ではなく通路のほうだ、と言い換えた一節です。
この章句が説くこと
聾者は耳の形具わりて能く聞くこと無きなり盲者は目の形存して能く見ること無きなり言なる者は己を人に通ずる所以なり聞くなる者は人を己に通ずる所以なり既に喑にして且つ聾なれば人道通ぜず対話
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