淮南子 / 泰族訓
今目悅五色,口嚼滋味,耳淫五聲,七竅交爭以害其性,日引邪欲而澆其身夫調和,身弗能治,奈天下何!故自養得其節,則養民得其心矣。所謂有天下者,非謂其履勢位,受傳籍,稱尊號也,言運天下之力,而得天下之心。
新字:今目悅五色,口嚼滋味,耳淫五声,七竅交争以害其性,日引邪欲而澆其身夫調和,身弗能治,奈天下何!故自養得其節,則養民得其心矣。所謂有天下者,非謂其履勢位,受伝籍,称尊号也,言運天下之力,而得天下之心。
書き下し
今 目は五色を悅び、口は滋味を嚼み、耳は五聲に淫し、七竅 交々爭いて以て其の性を害し、日々に邪欲を引きて其の身を澆う。夫れ調和は、身すら治むる能わず。天下を奈何せん。故に自ら養うに其の節を得れば、則ち民を養うに其の心を得ん。所謂 天下を有つ者とは、其の勢位を履み、傳籍を受け、尊號を稱するを謂うに非ず。天下の力を運らして、天下の心を得るを言うなり。
現代語訳
目は五色を喜び、口はうまいものを噛み、耳は五音に溺れ、七つの穴が互いに争って性を害し、日ごとによこしまな欲を引き入れて身を洗い流していく。調和がとれなければ、自分の身すら治められない。まして天下をどうできよう。だから自分を養うのに節度を得ていれば、民を養うのにその心を得られる。天下を持つ者というのは、権勢の位に就き、系譜を受け継ぎ、尊い称号を名乗ることではない。天下の力を動かし、天下の心を得ることを言うのである。
解説
「自ら養うに其の節を得れば、則ち民を養うに其の心を得ん」。自分の欲との付き合い方が、そのまま人の扱い方になる、という順序です。天下を持つ意味も言い直されます。位でも称号でもなく「天下の力を運らして、天下の心を得る」。次の段から、それを持てなかった例と持てた例が並びます。
この章句が説くこと
目は五色を悅び口は滋味を嚼み耳は五声に淫す七竅交々争いて以て其の性を害し日々に邪欲を引きて其の身を澆う調和は身すら治むる能わず天下を奈何せん自ら養うに其の節を得れば則ち民を養うに其の心を得ん所謂天下を有つ者とは天下の力を運らして天下の心を得るを言うなり節度
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