淮南子 / 泰族訓
故君子之過也,猶日月之蝕,何害於明!小人之可也,猶狗之晝吠,鴟之夜見,何益於善!夫知者不妄發,擇善而為之,計義而行之,故事成而功足賴也,身死而名足稱也。雖有知能,必以仁義為之本,然後可立也,知能蹐馳,百事並行。聖人一以仁義為之準繩,中之者謂之君子,弗中者謂之小人。君子雖死亡,其名不滅;小人雖得勢,其罪不除。
新字:故君子之過也,猶日月之蝕,何害於明!小人之可也,猶狗之昼吠,鴟之夜見,何益於善!夫知者不妄発,択善而為之,計義而行之,故事成而功足頼也,身死而名足称也。雖有知能,必以仁義為之本,然後可立也,知能蹐馳,百事並行。聖人一以仁義為之準縄,中之者謂之君子,弗中者謂之小人。君子雖死亡,其名不滅;小人雖得勢,其罪不除。
書き下し
故に君子の過つや、猶お日月の蝕するがごとし。何ぞ明を害せんや。小人の可なるは、猶お狗の晝に吠え、鴟の夜に見るがごとし。何ぞ善に益あらんや。夫れ知者は妄りに發せず、善を擇びて之を爲し、義を計りて之を行う。故に事 成りて功 賴むに足るなり。身 死して名 稱するに足るなり。知能有りと雖も、必ず仁義を以て之が本と爲して、然る後に立つ可きなり。知能 蹐馳して、百事 並び行わる。聖人は一に仁義を以て之が準繩と爲す。之に中たる者を之を君子と謂い、中たらざる者を之を小人と謂う。君子は死亡すと雖も、其の名 滅びず。小人は勢を得と雖も、其の罪 除かれず。
現代語訳
君子の過ちは、日食や月食のようなものだ。明るさを損なうものではない。小人がたまたま善いことをするのは、犬が昼に吠え、梟が夜に見えるようなものだ。善の足しにはならない。知者はむやみに動かず、善を選んで行い、義を計って行う。だから事が成れば功は頼りになり、身が死んでも名は称えるに足りる。知恵や能力があっても、必ず仁義を根本に据えて、はじめて立てる。知恵と能力はあちこちに走り、あらゆる事が同時に動く。聖人はただ仁義を尺度とする。それに合う者を君子といい、合わない者を小人という。君子は死んでもその名は滅びず、小人は勢いを得てもその罪は消えない。
解説
この章句が説くこと
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