淮南子 / 泰族訓
夫觀逐者於其反也,而觀行者于其終也。故舜放弟,周公殺兄,猶之為仁也;文公樹米,曾子架羊,猶之為知也。
新字:夫観逐者於其反也,而観行者于其終也。故舜放弟,周公殺兄,猶之為仁也;文公樹米,曽子架羊,猶之為知也。
書き下し
夫れ逐う者を其の反るに觀、行く者を其の終わりに觀る。故に舜 弟を放ち、周公 兄を殺すも、猶お之れ仁を爲すなり。文公 米を樹え、曾子 羊を架くるも、猶お之れ知を爲すなり。
現代語訳
追いかける者は、その戻り方を見て判断する。進む者は、その行き着いた先を見て判断する。だから、舜が弟を追放し、周公が兄を誅したことも、やはり仁とされる。文公が米を蒔き、曾子が羊を吊るしたことも、やはり知とされる。
解説
「行く者を其の終わりに觀る」。途中の一場面ではなく、行き着いた先で判断する。舜は弟を追放し、周公は兄を誅しました。その一場面だけを取れば、身内に冷たい人です。それでも仁とされるのは、終わりを見ているからです。前章の「權に動きて善に統ぶる」を、評価する側の作法として言い直しています。
この章句が説くこと
夫れ逐う者を其の反るに観行く者を其の終わりに観る舜弟を放ち周公兄を殺すも猶お之れ仁を為すなり文公米を樹え曽子羊を架くるも猶お之れ知を為すなり評価終わり途中
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