淮南子 / 泰族訓
故聖主者舉賢以立功,不肖主舉其所與同。文王舉太公望、召公奭而王,桓公任管仲、隰朋而霸,此舉賢以立功也。夫差用太宰嚭而滅,秦任李斯、趙高而亡,此舉所與同。故觀其所舉,而治亂可見也;察其黨與,而賢不肖可論也。
新字:故聖主者舉賢以立功,不肖主舉其所与同。文王舉太公望、召公奭而王,桓公任管仲、隰朋而覇,此舉賢以立功也。夫差用太宰嚭而滅,秦任李斯、趙高而亡,此舉所与同。故観其所舉,而治乱可見也;察其党与,而賢不肖可論也。
書き下し
故に聖主なる者は賢を舉げて以て功を立て、不肖の主は其の與に同じくする所を舉ぐ。文王 太公望・召公奭を舉げて王たり、桓公 管仲・隰朋に任じて霸たり。此れ賢を舉げて以て功を立つるなり。夫差 太宰嚭を用いて滅び、秦 李斯・趙高に任じて亡ぶ。此れ與に同じくする所を舉ぐるなり。故に其の舉ぐる所を觀て、治亂 見る可きなり。其の黨與を察して、賢不肖 論ず可きなり。
現代語訳
聖なる主君は賢者を挙げて功を立て、劣った主君は自分と気の合う者を挙げる。文王は太公望と召公奭を挙げて王となり、桓公は管仲と隰朋に任せて覇者となった。これが賢者を挙げて功を立てるということである。夫差は太宰の嚭を用いて滅び、秦は李斯と趙高に任せて亡んだ。これが気の合う者を挙げるということである。だから、その人が誰を挙げるかを見れば、治まるか乱れるかが分かる。その人が誰と組んでいるかを見れば、賢いか劣っているかを論じられる。
解説
「其の舉ぐる所を觀て、治亂 見る可きなり」。人事は、その人の判断力がいちばん露骨に出るところです。賢者を挙げるか、気の合う者を挙げるか。文王と桓公、夫差と秦が対に並びます。裏返せば、自分がどう見られているかも「誰と組んでいるか」で決まる、ということでもあります。誰と組んでいるかで、自分の見られ方も決まるということです。人事には、その人の判断力がいちばん露骨に出ます。
この章句が説くこと
聖主なる者は賢を舉げて以て功を立て不肖の主は其の与に同じくする所を舉ぐ文王太公望・召公奭を舉げて王たり桓公管仲・隰朋に任じて覇たり夫差太宰嚭を用いて滅び秦李斯・趙高に任じて亡ぶ其の舉ぐる所を観て治乱見る可きなり其の党与を察して賢不肖論ず可きなり人事
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