淮南子 / 泰族訓
孔子弟子七十,養徒三千人,皆入孝出悌,言為文章,行為儀錶,教之所成也。墨子服役者百八十人,皆可使赴火蹈刃,死不還踵,化之所致也。夫刻肌膚,鑱皮革,被創流血,至難也;然越為之,以求榮也。聖王在上,明好惡以示之,經誹譽以導之,親賢而進之,賤不肖而退之,無被創流血之苦,而有高世尊顯之名,民孰不從!
新字:孔子弟子七十,養徒三千人,皆入孝出悌,言為文章,行為儀錶,教之所成也。墨子服役者百八十人,皆可使赴火蹈刃,死不還踵,化之所致也。夫刻肌膚,鑱皮革,被創流血,至難也;然越為之,以求栄也。聖王在上,明好悪以示之,経誹誉以導之,親賢而進之,賤不肖而退之,無被創流血之苦,而有高世尊顕之名,民孰不従!
書き下し
孔子の弟子七十、徒を養うこと三千人、皆な入りては孝、出でては悌、言は文章と爲り、行は儀錶と爲るは、教えの成す所なり。墨子の役に服する者百八十人、皆な火に赴き刃を蹈み、死すとも踵を還さざらしむ可きは、化の致す所なり。夫れ肌膚を刻み、皮革を鑱り、創を被り血を流すは、至難なり。然れども越 之を爲すは、以て榮を求むればなり。聖王 上に在り、好惡を明らかにして以て之に示し、誹譽を經にして以て之を導き、賢に親しみて之を進め、不肖を賤しみて之を退けば、創を被り血を流すの苦しみ無くして、世に高く尊顯の名有り。民 孰か從わざらん。
現代語訳
孔子の弟子は七十人、養った門人は三千人、みな家では孝、外では悌、語れば文章となり、行いは手本となった。教えが作ったものである。墨子に従う者は百八十人、みな火に飛び込ませ刃を踏ませ、死んでも踵を返させないことができた。感化がもたらしたものである。肌を刻み、皮を彫り、傷を負って血を流すのは、たいへんな苦痛である。それでも越の人がそうするのは、名誉を求めるからである。聖王が上にあって、好むものと憎むものをはっきり示し、そしりと誉れを筋道立てて導き、賢者に親しんで登用し、劣った者を退ければ、傷を負って血を流す苦しみもなく、世に高く尊い名が得られる。民が従わないはずがない。
解説
入れ墨は痛い。それでも越の人がするのは、そこに名誉があるからです。「以て榮を求むればなり」。何が誉れとされるかが決まると、人はそのために痛みを引き受ける。だから上に立つ者の仕事は、好悪をはっきり示し、誉れの置き場所を正しく作ること。孔子の三千人も、墨子の百八十人も、同じ仕組みで動いています。
この章句が説くこと
孔子の弟子七十徒を養うこと三千人皆な入りては孝出でては悌教えの成す所なり墨子の役に服する者百八十人皆な火に赴き刃を蹈み死すとも踵を還さざらしむ可きは化の致す所なり肌膚を刻み皮革を鑱り創を被り血を流すは至難なり然れども越之を為すは以て栄を求むればなり聖王好悪を明らかにして以て之に示し誹誉を経にして以て之を導く賢に親しみて之を進め不肖を賤しみて之を退く誉れ
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