淮南子 / 泰族訓
禹以夏王,桀以夏亡;湯以殷王,紂以殷亡。非法度不存也,紀綱不張,風俗壞也。三代之法不亡,而世不治者,無三代之智也;六律具存,而莫能聽者,無師曠之耳也。故法雖在,必待聖而後治;律雖具,必待耳而後聽。故國之所以存者,非以有法也,以有賢人也;其所以亡者,非以無法也,以無賢人也。
新字:禹以夏王,桀以夏亡;湯以殷王,紂以殷亡。非法度不存也,紀綱不張,風俗壊也。三代之法不亡,而世不治者,無三代之智也;六律具存,而莫能聴者,無師曠之耳也。故法雖在,必待聖而後治;律雖具,必待耳而後聴。故国之所以存者,非以有法也,以有賢人也;其所以亡者,非以無法也,以無賢人也。
書き下し
禹は夏を以て王たり、桀は夏を以て亡ぶ。湯は殷を以て王たり、紂は殷を以て亡ぶ。法度の存せざるに非ざるなり。紀綱 張られず、風俗 壞るればなり。三代の法 亡びずして、世 治まらざるは、三代の智無ければなり。六律 具存するも、能く聽くもの莫きは、師曠の耳無ければなり。故に法 在りと雖も、必ず聖を待ちて而る後に治まる。律 具わると雖も、必ず耳を待ちて而る後に聽く。故に國の存する所以の者は、法有るを以てするに非ざるなり。賢人有るを以てなり。其の亡ぶる所以の者は、法無きを以てするに非ざるなり。賢人無きを以てなり。
現代語訳
禹は夏によって王となり、桀は夏によって滅んだ。湯は殷によって王となり、紂は殷によって滅んだ。法度がなかったのではない。大綱が張られず、風俗が壊れたからである。三代の法は失われていないのに世が治まらないのは、三代の知恵がないからである。六律はすべて残っているのに聴き分けられる者がいないのは、師曠の耳がないからである。だから法があっても、聖人を待ってはじめて治まる。音律が揃っていても、耳を待ってはじめて聴ける。国が存続するのは、法があるからではない。賢人がいるからである。滅びるのは、法がないからではない。賢人がいないからである。
解説
同じ国、同じ法で、禹は王となり桀は滅びました。「法度の存せざるに非ざるなり」——制度は残っていた。残っていなかったのは、それを扱える人のほうです。六律が全部揃っていても、師曠の耳がなければ音は聴き分けられない。制度と人の関係を、これ以上ないほど簡潔に言い切った一段です。
この章句が説くこと
禹は夏を以て王たり桀は夏を以て亡ぶ法度の存せざるに非ざるなり紀綱張られず風俗壊るればなり六律具存するも能く聴くもの莫きは師曠の耳無ければなり法在りと雖も必ず聖を待ちて而る後に治まる国の存する所以の者は法有るを以てするに非ざるなり賢人有るを以てなり人材
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