淮南子 / 泰族訓
今夫祭者,屠割烹殺,剝狗燒豕,調平五味者,庖也;陳簠簋,列樽俎,設籩豆者,祝也;齊明盛服,淵默而不言,神之所依者,屍也。宰、祝雖不能,屍不越樽俎而代之。故張瑟者,小弦急而大弦緩;立事者,賤者勞而貴者逸。舜為天子,彈五弦之琴,歌《南風》之詩,而天下治。周公肴臑不收於前,鐘鼓不解於懸,而四夷服。趙政晝決獄而夜理書,御史冠蓋接於郡縣,覆稽趨留,戍五嶺以備越,築修城以守胡,然奸邪萌生,盜賊群居,事愈煩而亂愈生。
新字:今夫祭者,屠割烹殺,剥狗焼豕,調平五味者,庖也;陳簠簋,列樽俎,設籩豆者,祝也;斉明盛服,淵黙而不言,神之所依者,屍也。宰、祝雖不能,屍不越樽俎而代之。故張瑟者,小弦急而大弦緩;立事者,賤者労而貴者逸。舜為天子,弾五弦之琴,歌《南風》之詩,而天下治。周公肴臑不収於前,鐘鼓不解於懸,而四夷服。趙政昼決獄而夜理書,御史冠蓋接於郡県,覆稽趨留,戍五嶺以備越,築修城以守胡,然奸邪萌生,盗賊群居,事愈煩而乱愈生。
書き下し
今 夫れ祭る者は、屠り割き烹殺し、狗を剝ぎ豕を燒き、五味を調平する者は、庖なり。簠簋を陳ね、樽俎を列ね、籩豆を設くる者は、祝なり。齊明盛服し、淵默して言わず、神の依る所の者は、屍なり。宰・祝 能わずと雖も、屍は樽俎を越えて之に代わらず。故に瑟を張る者は、小弦 急にして大弦 緩し。事を立つる者は、賤しき者 勞して貴き者 逸す。舜 天子と爲るや、五弦の琴を彈じ、南風の詩を歌いて、天下 治まる。周公 肴臑 前に收められず、鐘鼓 懸に解かれずして、四夷 服す。趙政 晝は獄を決し夜は書を理め、御史の冠蓋 郡縣に接し、稽を覆し趨留し、五嶺に戍して以て越に備え、修城を築きて以て胡を守る。然れども奸邪 萌生し、盜賊 群居し、事 愈々煩わしくして亂 愈々生ず。
現代語訳
祭りにおいて、屠って割き、煮て、犬を剝ぎ豚を焼き、五味を調えるのは料理人である。簠や簋を並べ、樽と俎を列ね、籩や豆を据えるのは祝である。身を清めて礼服を着け、深く黙して物を言わず、神の依り代となるのが屍である。料理人や祝がうまくできなくても、屍は樽俎を越えてその代わりをしない。琴を張る者は、細い弦を強く張り、太い弦を緩く張る。事を立てる者は、身分の低い者が働き、高い者はゆったりしている。舜が天子であったとき、五弦の琴を弾き、南風の詩を歌って、天下は治まった。周公は、料理が膳から下げられることもなく、鐘や鼓が架から外されることもないまま、四方の異民族が従った。趙政(秦の始皇帝)は、昼は裁判を決し夜は文書を処理し、御史の車蓋が郡県に連なり、調べ直し行き来を止め、五嶺に守備を置いて越に備え、長城を築いて胡を防いだ。それでも悪事が芽生え、盗賊が群れ集まり、事は煩雑になるほど乱れが増えた。
解説
この章句が説くこと
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