淮南子 / 泰族訓
夫徹於一事,察於一辭,審於一技,可以曲說,而未可廣應也。蓼菜成行,甂甌有𦳚,稱薪而爨,數米而炊,可以治小,而未可以治大也。員中規,方中矩,動成獸,止成文,可以愉舞,而不可以陳軍。滌杯而食,洗爵而飲,盥而後饋,可以養少,而不可以饗眾。
新字:夫徹於一事,察於一辞,審於一技,可以曲説,而未可広応也。蓼菜成行,甂甌有𦳚,称薪而爨,数米而炊,可以治小,而未可以治大也。員中規,方中矩,動成獣,止成文,可以愉舞,而不可以陳軍。滌杯而食,洗爵而飲,盥而後饋,可以養少,而不可以饗眾。
書き下し
夫れ一事に徹し、一辭に察かに、一技に審らかなるは、以て曲說す可きも、未だ廣く應ず可からざるなり。蓼菜 行を成し、甂甌に𦳚有り、薪を稱りて爨ぎ、米を數えて炊ぐは、以て小を治む可きも、未だ以て大を治む可からざるなり。員は規に中たり、方は矩に中たり、動けば獸を成し、止まれば文を成すは、以て舞を愉しむ可きも、以て軍を陳ぬ可からず。杯を滌いて食らい、爵を洗いて飲み、盥いて而る後に饋るは、以て少きを養う可きも、以て眾きを饗す可からず。
現代語訳
一つの事に通じ、一つの言葉に細かく、一つの技に詳しいのは、限られた場では説けても、広く応じることはできない。蓼や菜がきちんと列を成し、小鉢に飾りがあり、薪を量って火を焚き、米を数えて炊くのは、小さな所帯なら治められるが、大きなものは治められない。丸ければコンパスに合い、四角ければ矩に合い、動けば獣の形を成し、止まれば文様を成すのは、舞を楽しむにはよいが、軍を並べるには使えない。杯を洗って食べ、盃をすすいで飲み、手を清めてから供するのは、少人数を養うにはよいが、大勢をもてなすことはできない。
解説
薪を量り、米を数えて炊く。几帳面さそのものは悪くありません。ただ、それで回るのは小さな所帯までです。舞の所作が軍の隊列に使えないのと同じで、規模が変われば要るものが変わる。細やかさを手放せないまま大きくすると、どこかで破綻します。
この章句が説くこと
一事に徹し一辞に察かに一技に審らかなるは以て曲説す可きも未だ広く応ず可からざるなり薪を称りて爨ぎ米を数えて炊ぐは以て小を治む可きも未だ以て大を治む可からざるなり動けば獣を成し止まれば文を成すは以て舞を愉しむ可きも以て軍を陳ぬ可からず杯を滌いて食らい爵を洗いて飲むは以て少きを養う可きも以て眾きを饗す可からず規模几帳面
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