淮南子 / 泰族訓
故可乎可,而不可乎不可;不可乎不可,而可乎可。舜、許由異行而皆聖,伊尹、伯夷異道而皆仁,箕子、比干異趨而皆賢。故用兵者,或輕或重,或貪或廉,此四者相反,而不可一無也。
新字:故可乎可,而不可乎不可;不可乎不可,而可乎可。舜、許由異行而皆聖,伊尹、伯夷異道而皆仁,箕子、比干異趨而皆賢。故用兵者,或軽或重,或貪或廉,此四者相反,而不可一無也。
書き下し
故に可なるに可とし、不可なるに不可とす。不可なるに不可とし、可なるに可とす。舜・許由は行を異にして皆な聖なり。伊尹・伯夷は道を異にして皆な仁なり。箕子・比干は趨を異にして皆な賢なり。故に兵を用うる者は、或いは輕く或いは重く、或いは貪り或いは廉なり。此の四者は相い反するも、一つとして無かる可からざるなり。
現代語訳
よいところをよいとし、いけないところをいけないとする。いけないところをいけないとし、よいところをよいとする。舜と許由は行いが違ってどちらも聖であり、伊尹と伯夷は道が違ってどちらも仁であり、箕子と比干は進む先が違ってどちらも賢である。だから兵を用いる者にも、軽い者と重い者、貪る者と廉直な者がいる。この四つは互いに反するが、どれ一つ欠かせない。
解説
天下を受けた舜と、受けずに去った許由。仕えた伊尹と、餓死した伯夷。狂を装った箕子と、諫死した比干。どの組も正反対で、どちらも同じ評価を受けています。正解が一つでない、というだけでなく、正反対の二つがどちらも正解になる。だから軍を組むときも、軽い者と重い者、貪る者と廉直な者が全部要る、と続きます。正反対の二つが、どちらも正解になるという書き方です。
この章句が説くこと
可なるに可とし不可なるに不可とす舜・許由は行を異にして皆な聖なり伊尹・伯夷は道を異にして皆な仁なり箕子・比干は趨を異にして皆な賢なり兵を用うる者は或いは軽く或いは重く或いは貪り或いは廉なり此の四者は相い反するも一つとして無かる可からざるなり多様
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