淮南子 / 泰族訓
聖人天覆地載,日月照,陰陽調,四時化,萬物不同,無故無新,無疏無親,故能法天。天不一時,地不一利,人不一事,是以緒業不得不多端,趨行不得不殊方。五行異氣而皆適調,六藝異科而皆同道。
新字:聖人天覆地載,日月照,陰陽調,四時化,万物不同,無故無新,無疏無親,故能法天。天不一時,地不一利,人不一事,是以緒業不得不多端,趨行不得不殊方。五行異気而皆適調,六芸異科而皆同道。
書き下し
聖人は天のごとく覆い地のごとく載せ、日月のごとく照らし、陰陽のごとく調え、四時のごとく化す。萬物 同じからざるも、故無く新無く、疏無く親無し。故に能く天に法る。天は時を一にせず、地は利を一にせず、人は事を一にせず。是を以て緒業は多端ならざるを得ず、趨行は方を殊にせざるを得ず。五行は氣を異にして皆な適調し、六藝は科を異にして皆な道を同じくす。
現代語訳
聖人は天のように覆い、地のように載せ、日月のように照らし、陰陽のように調え、四季のように移り変わらせる。万物は同じでないが、古いも新しいもなく、疎いも親しいもない。だから天にならえる。天は時期を一つにせず、地は産物を一つにせず、人は仕事を一つにしない。だから事業は多岐にわたらざるを得ず、進む道は方角を異にせざるを得ない。五行は気を異にしながらみな調和し、六芸は分野を異にしながらみな同じ道に通じている。
解説
「天は時を一にせず、地は利を一にせず、人は事を一にせず」。季節も土地の産物も人の仕事も、一種類には収まらない。だから事業が多岐に分かれるのは乱れではなく当たり前だ、と言います。「六藝は科を異にして皆な道を同じくす」。ばらばらに見えるものを一つに揃えたがる気持ちへの、静かな戒めです。
この章句が説くこと
聖人は天のごとく覆い地のごとく載せ日月のごとく照らす万物同じからざるも故無く新無く疏無く親無し故に能く天に法る天は時を一にせず地は利を一にせず人は事を一にせず緒業は多端ならざるを得ず趨行は方を殊にせざるを得ず五行は気を異にして皆な適調し六芸は科を異にして皆な道を同じくす多様
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