淮南子 / 泰族訓
民有好色之性,故有大婚之禮;有飲食之性,故有大饗之誼;有喜樂之性,故有鐘鼓管弦之音;有悲哀之性,故有衰絰哭踴之節。故先王之制法也,因民之所好而為之節文者也。因其好色而制婚姻之禮,故男女有別;因其喜音而正《雅》、《頌》之聲,故風俗不流;因其甯家室、樂妻子,教之以順,故父子有親;因其喜朋友而教之以悌,故長幼有序。然後修朝聘以明貴賤,饗飲習射以明長幼,時搜振旅以慣用兵也,入學庠序以修人倫。此皆人之所有於性,而聖人之所匠成也。
新字:民有好色之性,故有大婚之礼;有飲食之性,故有大饗之誼;有喜楽之性,故有鐘鼓管弦之音;有悲哀之性,故有衰絰哭踴之節。故先王之制法也,因民之所好而為之節文者也。因其好色而制婚姻之礼,故男女有別;因其喜音而正《雅》、《頌》之声,故風俗不流;因其甯家室、楽妻子,教之以順,故父子有親;因其喜朋友而教之以悌,故長幼有序。然後修朝聘以明貴賤,饗飲習射以明長幼,時捜振旅以慣用兵也,入学庠序以修人倫。此皆人之所有於性,而聖人之所匠成也。
書き下し
民に好色の性有り。故に大婚の禮有り。飲食の性有り。故に大饗の誼有り。喜樂の性有り。故に鐘鼓管弦の音有り。悲哀の性有り。故に衰絰哭踴の節有り。故に先王の法を制するや、民の好む所に因りて之が節文を爲す者なり。其の色を好むに因りて婚姻の禮を制す。故に男女に別有り。其の音を喜ぶに因りて雅・頌の聲を正す。故に風俗 流れず。其の家室に甯んじ妻子を樂しむに因りて、之に教うるに順を以てす。故に父子に親有り。其の朋友を喜ぶに因りて之に教うるに悌を以てす。故に長幼に序有り。然る後に朝聘を修めて以て貴賤を明らかにし、饗飲習射して以て長幼を明らかにし、時に搜して旅を振るいて以て兵を用うるに慣らし、學庠序に入れて以て人倫を修む。此れ皆な人の性に有する所にして、聖人の匠成する所なり。
現代語訳
民には色を好む性がある。だから婚礼がある。飲食を好む性がある。だから饗宴の作法がある。楽しみを喜ぶ性がある。だから鐘や鼓や管弦の音がある。悲しむ性がある。だから喪服と哭泣の作法がある。先王が法を定めたのは、民の好むものに沿って、そこに区切りと形を与えたのである。色を好むことに沿って婚姻の礼を定めた。だから男女に別がある。音を喜ぶことに沿って雅と頌の調べを正した。だから風俗が流れない。家に安んじ妻子を楽しむことに沿って、順ということを教えた。だから父子に親しみがある。友を喜ぶことに沿って悌を教えた。だから長幼に順序がある。そのうえで朝見と聘問の礼を整えて貴賤を明らかにし、饗宴と弓の稽古で長幼を明らかにし、時に狩りをして軍を整え、兵の扱いに慣らし、学校に入れて人倫を修めさせた。これらはみな人がもともと性に持っているもので、聖人はそれを形にしただけである。
解説
この章句が説くこと
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