淮南子 / 泰族訓
夫物有以自然,而後人事有治也。故良匠不能斫金,巧冶不能鑠木,金之勢不可斫;而木性不可鑠也。埏埴而為器,窬木而為舟,鑠鐵而為刃,鑄金而為鍾,因其可也。駕馬服牛,令雞司夜,令狗守門,因其自然也。
新字:夫物有以自然,而後人事有治也。故良匠不能斫金,巧冶不能鑠木,金之勢不可斫;而木性不可鑠也。埏埴而為器,窬木而為舟,鑠鉄而為刃,鋳金而為鍾,因其可也。駕馬服牛,令雞司夜,令狗守門,因其自然也。
書き下し
夫れ物に自然なる有りて、而る後に人事に治まる有り。故に良匠も金を斫る能わず、巧冶も木を鑠かす能わず。金の勢いは斫る可からずして、木の性は鑠かす可からざればなり。埴を埏ちて器と爲し、木を窬りて舟と爲し、鐵を鑠かして刃と爲し、金を鑄て鍾と爲すは、其の可なるに因ればなり。馬に駕し牛を服し、雞をして夜を司らしめ、狗をして門を守らしむるは、其の自然に因ればなり。
現代語訳
物にはおのずからそうであるところがあり、その上ではじめて人の手が治めるということが成り立つ。だから腕のよい大工でも金属を削れず、腕のよい鋳物師でも木を溶かせない。金属は削るものではなく、木は溶かすものではないからである。粘土をこねて器を作り、木をくり抜いて舟を作り、鉄を溶かして刃を作り、金を鋳て鐘を作るのは、そうできるものに沿ったからである。馬に車を引かせ牛を働かせ、鶏に夜明けを告げさせ、犬に門を守らせるのは、その本来の性に沿ったからである。
解説
「良匠も金を斫る能わず、巧冶も木を鑠かす能わず」。腕の問題ではなく、素材が受け付けない仕事があります。粘土は捏ね、木はくり抜き、鉄は溶かす。鶏は朝を告げ、犬は門を守る。それぞれの持ち味に仕事を合わせているだけです。人の配置を考えるときも、まったく同じことが言えます。
この章句が説くこと
物に自然なる有りて而る後に人事に治まる有り良匠も金を斫る能わず巧冶も木を鑠かす能わず金の勢いは斫る可からずして木の性は鑠かす可からざればなり埴を埏ちて器と為し木を窬りて舟と為すは其の可なるに因ればなり雞をして夜を司らしめ狗をして門を守らしむるは其の自然に因ればなり適材
関連する章句
-
『淮南子』泰族訓水火金木土穀は、物を異にして皆な任ぜらる。規矩權衡準繩は、形を異にして皆な施さる。丹青膠漆は、同じからずして皆な用いらる。各々適する所有り、物に各々宜しき有ればなり。輪は圓く輿は方に、轅は從にして衡は橫なるは、勢施の便なるなり。驂は馳せんと欲し、服は步まんと欲し、帶は新しきを厭わず、鉤は故きを厭わざるは、地に處するの宜しきなり。
-
『淮南子』主術訓人主の居るや、日月の明のごときなり。天下の同じく目を側てて視、耳を側てて聽き、頸を延べ踵を舉げて望む所なり。是の故に澹薄に非ざれば以て德を明らかにする無く、寧靜に非ざれば以て遠きを致す無く、寬大に非ざれば以て兼ね覆う無く、慈厚に非ざれば以て眾を懷く無く、平正に非ざれば以て制斷する無し。是の故に賢主の人を用うるや、猶お巧工の木を制するがごとし。大なる者は以て舟航柱梁と為し、小なる者は以て楫楔と為し、修き者は以て櫚榱と為し、短き者は以て朱儒枅櫨と為す。小大修短と無く、各々其の宜しき所を得、規矩方圓、各々施す所有り。天下の物、雞毒より凶なるは莫し。然れども良醫は橐にして之を藏む。用うる所有ればなり。是の故に林莽の材すら、猶お棄つ可き者無し。而るに況んや人をや。
-
『淮南子』齊俗訓乃ち天地の覆載する所、日月の照誋する所に至るまで、各々其の性に便にし、其の居に安んじ、其の宜しきに處り、其の能を為さしむ。故に愚者にも脩むる所有り、智者にも足らざる所有り。柱は以て齒を摘む可からず、筐は以て屋を持す可からず。馬は以て重に服す可からず、牛は以て速きを追う可からず。鉛は以て刀と為す可からず、銅は以て弩と為す可からず。鐵は以て舟と為す可からず、木は以て釜と為す可からず。各々之を其の適する所に用い、之を其の宜しき所に施せば、即ち萬物 一齊にして、由りて相い過ぐる無し。夫れ明鏡は形を照らすに便なるも、其の以て食を函るるに於けるや、簞に如かず。犧牛の粹毛は、廟牲に宜しきも、其の以て雨を致すに於けるや、黑蜧に若かず。此に由りて之を觀れば、物に貴賤無し。
-
『淮南子』泰族訓英・俊・豪・傑は、各々小大の材を以て、其の位に處り、其の宜しきを得。本に由りて末に流れ、重きを以て輕きを制す。上 唱えて民 和し、上 動きて下 隨う。四海の內、心を一にして歸を同じくし、貪鄙に背きて義理に向かう。其の民を化するに於けるや、風の草木を搖がすが若く、之れ無くして靡かざる無し。今 愚をして知を教えしめ、不肖をして賢に臨ましめば、刑罰を嚴にすと雖も、民 從わざるなり。小は大を制する能わず、弱は強を使う能わざればなり。
-
『淮南子』說林訓弓は先ず調えて而る後に勁きを求め、馬は先ず馴らして而る後に良きを求め、人は先ず信じて而る後に能を求む。陶人 索を棄つれば、車人 之を掇う。屠者 銷を棄つれば、鍛者 之を拾う。緩急とする所の異なればなり。百星の明は一月の光に如かず、十牖の開くは一戶の明に如かず。矢の十步に於けるや兕甲を貫くも、其の極に及びては、魯縞にも入る能わず。太山の高きも、背けば見えず。秋豪の末も、之を視れば察す可し。山 金を生じて、反って自ら刻まる。木 蠹を生じて、反って自ら食まる。人 事を生じて、反って自ら賊わる。巧治も木を鑄る能わず、工巧も金を斲る能わざるは、形性 然ればなり。白玉は琢かず、美珠は文らず。質 餘り有ればなり。
-
『淮南子』原道訓夫れ峭法刻誅なる者は、霸王の業に非ざるなり。箠策繁く用うる者は、遠きを致すの術に非ざるなり。離朱の明は、箴末を百歩の外に察するも、淵中の魚を見る能わず。師曠の聰は、八風の調を合するも、十里の外を聽く能わず。故に一人の能に任ずるは、三畝の宅を治むるに足らざるなり。道理の數を脩め、天地の自然に因らば、則ち六合も均するに足らず。是の故に禹の瀆を決するや、水に因りて以て師と為し、神農の穀を播くや、苗に因りて以て教えと為す。夫れ萍は根を水に樹て、木は根を土に樹て、鳥は虛を排して飛び、獸は實を蹠みて走り、蛟龍は水に居り、虎豹は山に處るは、天地の性なり。兩木相い摩して然え、金火相い守りて流れ、員なる者は常に轉じ、窾なる者は浮くを主るは、自然の勢なり。是の故に春風至れば則ち甘雨降り、萬物を生育し、羽ある者は嫗伏し、毛ある者は孕育し、草木榮華し、鳥獸卵胎するも、其の為す者を見る莫くして、功既に成る。秋風霜を下せば、倒生挫傷し、鷹鵰搏鷙し、昆蟲蟄藏し、草木根に註ぎ、魚鱉淵に湊るも、其の為す者を見る莫くして、滅して形無し。木に處る者は榛巢し、水に居る者は窟穴し、禽獸に芄有り、人民に室有り、陸處は牛馬に宜しく、舟行は水多きに宜しく、匈奴は穢裘を出だし、於越は葛絺を生ず。各ミ急とする所を生じて以て燥溼に備え、各ミ處る所に因りて以て寒暑を禦ぎ、並びに其の宜しきを得て、物は其の所に便なり。此に由りて之を觀れば、萬物は固より以て自然なり、聖人又た何をか事とせんや。