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淮南子 / 原道訓

夫峭法刻誅者,非霸王之業也;箠策繁用者,非致遠之術也。離朱之明,察箴末於百步之外,不能見淵中之魚。師曠之聰,合八風之調,而不能聽十里之外。故任一人之能,不足以治三畝之宅也。脩道理之數,因天地之自然,則六合不足均也。是故禹之決瀆也,因水以為師;神農之播穀也,因苗以為教。夫萍樹根於水,木樹根於土,鳥排虛而飛,獸蹠實而走,蛟龍水居,虎豹山處,天地之性也。兩木相摩而然,金火相守而流,員者常轉,窾者主浮,自然之勢也。是故春風至則甘雨降,生育萬物,羽者嫗伏,毛者孕育,草木榮華,鳥獸卵胎,莫見其為者,而功既成矣。秋風下霜,倒生挫傷,鷹鵰搏鷙,昆蟲蟄藏,草木註根,魚鱉湊淵,莫見其為者,滅而無形。木處榛巢,水居窟穴,禽獸有芄,人民有室,陸處宜牛馬,舟行宜多水,匈奴出穢裘,於越生葛絺,各生所急以備燥溼,各因所處以禦寒暑,並得其宜,物便其所。由此觀之,萬物固以自然,聖人又何事焉!

新字:夫峭法刻誅者,非覇王之業也;箠策繁用者,非致遠之術也。離朱之明,察箴末於百歩之外,不能見淵中之魚。師曠之聰,合八風之調,而不能聴十里之外。故任一人之能,不足以治三畝之宅也。脩道理之数,因天地之自然,則六合不足均也。是故禹之決瀆也,因水以為師;神農之播穀也,因苗以為教。夫萍樹根於水,木樹根於土,鳥排虚而飛,獣蹠実而走,蛟竜水居,虎豹山処,天地之性也。両木相摩而然,金火相守而流,員者常転,窾者主浮,自然之勢也。是故春風至則甘雨降,生育万物,羽者嫗伏,毛者孕育,草木栄華,鳥獣卵胎,莫見其為者,而功既成矣。秋風下霜,倒生挫傷,鷹鵰搏鷙,昆虫蟄蔵,草木註根,魚鱉湊淵,莫見其為者,滅而無形。木処榛巣,水居窟穴,禽獣有芄,人民有室,陸処宜牛馬,舟行宜多水,匈奴出穢裘,於越生葛絺,各生所急以備燥溼,各因所処以禦寒暑,並得其宜,物便其所。由此観之,万物固以自然,聖人又何事焉!

書き下し

夫れ峭法刻誅なる者は、霸王の業に非ざるなり。箠策繁く用うる者は、遠きを致すの術に非ざるなり。離朱の明は、箴末を百歩の外に察するも、淵中の魚を見る能わず。師曠の聰は、八風の調を合するも、十里の外を聽く能わず。故に一人の能に任ずるは、三畝の宅を治むるに足らざるなり。道理の數を脩め、天地の自然に因らば、則ち六合も均するに足らず。是の故に禹の瀆を決するや、水に因りて以て師と為し、神農の穀を播くや、苗に因りて以て教えと為す。夫れ萍は根を水に樹て、木は根を土に樹て、鳥は虛を排して飛び、獸は實を蹠みて走り、蛟龍は水に居り、虎豹は山に處るは、天地の性なり。兩木相い摩して然え、金火相い守りて流れ、員なる者は常に轉じ、窾なる者は浮くを主るは、自然の勢なり。是の故に春風至れば則ち甘雨降り、萬物を生育し、羽ある者は嫗伏し、毛ある者は孕育し、草木榮華し、鳥獸卵胎するも、其の為す者を見る莫くして、功既に成る。秋風霜を下せば、倒生挫傷し、鷹鵰搏鷙し、昆蟲蟄藏し、草木根に註ぎ、魚鱉淵に湊るも、其の為す者を見る莫くして、滅して形無し。木に處る者は榛巢し、水に居る者は窟穴し、禽獸に芄有り、人民に室有り、陸處は牛馬に宜しく、舟行は水多きに宜しく、匈奴は穢裘を出だし、於越は葛絺を生ず。各ミ急とする所を生じて以て燥溼に備え、各ミ處る所に因りて以て寒暑を禦ぎ、並びに其の宜しきを得て、物は其の所に便なり。此に由りて之を觀れば、萬物は固より以て自然なり、聖人又た何をか事とせんや。

現代語訳

そもそも法を厳しくし誅を刻むのは、覇者や王者の業ではない。鞭を繁く用いるのは、遠くまで至る方法ではない。離朱の目は、百歩の外の針の先を見分けられるが、淵の中の魚は見えない。師曠の耳は、八方の風の調べを聞き分けられるが、十里の外は聞こえない。だから一人の能力に任せるのでは、三畝の家すら治められない。道理の筋を修め、天地の自然に従えば、天地四方でも均すに足りない。だから禹が河を切り開いたときは、水に従ってこれを師とし、神農が穀物を蒔いたときは、苗に従ってこれを教えとした。そもそも浮き草は水に根を張り、木は土に根を張り、鳥は空を押して飛び、獣は地を踏んで走り、蛟龍は水に住み、虎や豹は山にいる。これが天地の性である。二本の木が擦れ合って燃え、金と火が向き合って溶け、丸いものは転がり、うつろなものは浮く。これが自然の勢いである。だから春風が至れば恵みの雨が降り、万物を育て、羽のあるものは卵を抱き、毛のあるものは身ごもり、草木は花咲き、鳥獣は卵を産み胎を宿す。それを行っている者は誰にも見えないのに、働きはすでに成っている。秋風が霜を下ろせば、逆さに生えるものは傷つき、鷹や鵰は襲いかかり、虫は隠れ、草木は根に力を注ぎ、魚やすっぽんは淵に集まる。それを行っている者は誰にも見えないのに、滅んで形がない。木に住むものは巣を作り、水に住むものは穴を掘り、鳥獣には毛があり、人には家がある。陸の暮らしには牛馬がよく、舟の行き来には水が多いのがよく、匈奴は毛皮を産し、越は葛の布を生む。それぞれ急に要るものを生んで乾湿に備え、それぞれ住む場所に応じて寒暑を防ぎ、みなその適したところを得て、物はその場所に都合よくできている。ここから見れば、万物はもともと自然なのであって、聖人はさらに何を事とするのか。

解説

厳罰と鞭を否定したあと、その理由を能力の話に移します。離朱の目でも淵の魚は見えず、師曠の耳でも十里の外は聞こえない。「故に一人の能に任ずるは、三畝の宅を治むるに足らざるなり」。どんな傑物でも、一人ぶんは一人ぶんだ、と。では何に任せるか。禹と神農の答え方が対になっています。「水に因りて以て師と為し」「苗に因りて以て教えと為す」。相手のほうを先生にした、という言い方です。締めは問いの形で置かれています。

この章句が説くこと

峭法刻誅なる者は覇王の業に非ざるなり故に一人の能に任ずるは三畝の宅を治むるに足らざるなり禹の瀆を決するや水に因りて以て師と為し神農の穀を播くや苗に因りて以て教えと為す其の為す者を見る莫くして功既に成る厳罰自然

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