淮南子 / 泰族訓
夫大生小,多生少,天之道也。故丘阜不能生雲雨,滎水不能生魚鱉者,小也。牛馬之氣蒸,生蟣虱;蟣虱之氣蒸,不能生牛馬。故化生於外,非生於內也。夫蛟龍伏寢於淵,而卵割於陵。螣蛇雄鳴於上風,雌鳴於下風而化成形,精之至也。
新字:夫大生小,多生少,天之道也。故丘阜不能生雲雨,滎水不能生魚鱉者,小也。牛馬之気蒸,生蟣虱;蟣虱之気蒸,不能生牛馬。故化生於外,非生於内也。夫蛟竜伏寝於淵,而卵割於陵。螣蛇雄鳴於上風,雌鳴於下風而化成形,精之至也。
書き下し
夫れ大は小を生じ、多は少を生ずるは、天の道なり。故に丘阜は雲雨を生ずる能わず、滎水は魚鱉を生ずる能わざるは、小なればなり。牛馬の氣 蒸して、蟣虱を生ず。蟣虱の氣 蒸するも、牛馬を生ずる能わず。故に化は外に生じて、內に生ずるに非ざるなり。夫れ蛟龍は淵に伏寢して、卵は陵に割る。螣蛇は雄 上風に鳴き、雌 下風に鳴きて化して形を成すは、精の至りなり。
現代語訳
大きなものが小さなものを生み、多いものが少ないものを生むのが、天の道である。だから小さな丘は雲や雨を生めず、小さな水たまりは魚やすっぽんを生めない。小さいからである。牛や馬の気が蒸して、虱が湧く。虱の気が蒸しても、牛や馬は生まれない。だから変化は外から生じるのであって、内から生じるのではない。蛟龍は淵に伏して眠り、その卵は丘で割れる。螣蛇は雄が風上で鳴き、雌が風下で鳴いて、それで形を成す。精の至りである。
解説
「大は小を生じ、多は少を生ずる」。小さな丘から雲は湧かず、水たまりから魚は生まれない。生み出せる大きさには限りがある、という単純な原則です。牛馬から虱は湧いても、虱から牛馬は湧かない。何かを生み出したいなら、生み出す側の器のほうを大きくするしかない、と読めます。
この章句が説くこと
大は小を生じ多は少を生ずるは天の道なり丘阜は雲雨を生ずる能わず滎水は魚鱉を生ずる能わざるは小なればなり牛馬の気蒸して蟣虱を生ず蟣虱の気蒸するも牛馬を生ずる能わず故に化は外に生じて内に生ずるに非ざるなり螣蛇は雄上風に鳴き雌下風に鳴きて化して形を成すは精の至りなり器
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