淮南子 / 泰族訓
天致其高,地致其厚,月照其夜,日照其晝,陰陽化,列星朗,非其道而物自然。故陰陽四時,非生萬物也;雨露時降,非養草木也。神明接,陰陽和,而萬物生矣。故高山深林,非為虎豹也;大木茂枝,非為飛鳥也;流源千里,淵深百仞,非為蛟龍也。致其高崇,成其廣大,山居木棲,巢枝穴藏,水潛陸行,各得其所寧焉。
新字:天致其高,地致其厚,月照其夜,日照其昼,陰陽化,列星朗,非其道而物自然。故陰陽四時,非生万物也;雨露時降,非養草木也。神明接,陰陽和,而万物生矣。故高山深林,非為虎豹也;大木茂枝,非為飛鳥也;流源千里,淵深百仞,非為蛟竜也。致其高崇,成其広大,山居木棲,巣枝穴蔵,水潜陸行,各得其所寧焉。
書き下し
天は其の高きを致し、地は其の厚きを致し、月は其の夜を照らし、日は其の晝を照らし、陰陽 化し、列星 朗らかなり。其の道に非ずして物 自ら然り。故に陰陽四時は、萬物を生ずるに非ざるなり。雨露 時に降るは、草木を養うに非ざるなり。神明 接し、陰陽 和して、萬物 生ず。故に高山深林は、虎豹の爲に非ざるなり。大木茂枝は、飛鳥の爲に非ざるなり。流源 千里、淵深 百仞なるは、蛟龍の爲に非ざるなり。其の高崇を致し、其の廣大を成せば、山居木棲、巢枝穴藏、水潛陸行、各々其の寧んずる所を得。
現代語訳
天はその高さを尽くし、地はその厚さを尽くし、月は夜を照らし、日は昼を照らし、陰陽は移り、星々は明るい。特別な意図があるのではなく、物がおのずとそうなっている。だから陰陽と四季は、万物を生もうとしているのではない。雨露が時に応じて降るのは、草木を養おうとしているのではない。神妙のはたらきが触れ、陰陽が和して、万物が生まれるのである。高い山や深い林は、虎や豹のためにあるのではない。大きな木や茂った枝は、飛ぶ鳥のためにあるのではない。千里を流れる源、百仞の深い淵は、蛟や龍のためにあるのではない。その高さを尽くし、その広さを成せば、山に住む者、木に棲む者、枝に巣をかける者、穴にひそむ者、水に潜る者、陸を行く者が、それぞれ落ち着く場所を得る。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』泰族訓天は日月を設け、星辰を列ね、陰陽を調え、四時を張り、日は以て之を暴し、夜は以て之を息わしめ、風は以て之を幹かし、雨露は以て之を濡す。其の物を生ずるや、其の養う所を見ること莫くして物 長ず。其の物を殺すや、其の喪う所を見ること莫くして物 亡ぶ。此れを之れ神明と謂う。聖人 之に象る。故に其の福を起こすや、其の由る所を見ずして福 起こる。其の禍を除くや、其の以てする所を見ずして禍 除かる。之を遠ざくれば則ち邇く、之を延けば則ち疏し。之を稽うるも得ず、之を察するも虛しからず。日に計れば算無く、歲に計れば餘り有り。
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『淮南子』天文訓季春三月、豐隆乃ち出でて、以て其の雨を將う。秋三月に至り、地氣藏せず、乃ち其の殺を收め、百蟲蟄伏し、靜居して戶を閉ず。青女乃ち出でて、以て霜雪を降す。十二時の氣を行き、以て仲春二月の夕べに至り、乃ち其の藏を收めて其の寒を閉ず。女夷鼓歌して、以て天和を司り、以て百穀禽鳥草木を長ず。孟夏の月、以て穀禾を熟し、雄鳩長く鳴きて、帝の為に歲を候う。是の故に天其の陰を發せざれば、則ち萬物生ぜず。地其の陽を發せざれば、則ち萬物成らず。天圓く地方に、道は中央に在り。日を德と為し、月を刑と為す。月歸りて萬物死し、日至りて萬物生ず。山を遠ざくれば則ち山氣藏し、水を遠ざくれば則ち水蟲蟄し、木を遠ざくれば則ち木葉槁る。日五日見えざれば、其の位を失うなり。聖人は與せず。
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『淮南子』泰族訓聖人は天のごとく覆い地のごとく載せ、日月のごとく照らし、陰陽のごとく調え、四時のごとく化す。萬物 同じからざるも、故無く新無く、疏無く親無し。故に能く天に法る。天は時を一にせず、地は利を一にせず、人は事を一にせず。是を以て緒業は多端ならざるを得ず、趨行は方を殊にせざるを得ず。五行は氣を異にして皆な適調し、六藝は科を異にして皆な道を同じくす。
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『淮南子』天文訓陰陽相い薄り、感じて雷と為り、激して霆と為り、亂れて霧と為る。陽氣勝てば則ち散じて雨露と為り、陰氣勝てば則ち凝りて霜雪と為る。毛羽なる者は、飛行の類なり、故に陽に屬す。介鱗なる者は、蟄伏の類なり、故に陰に屬す。日なる者は、陽の主なり、是の故に春夏には則ち群獸除り、日至りて麋鹿解く。月なる者は、陰の宗なり、是を以て月虛しくして魚腦減り、月死して蠃蛖膲む。火は上に蕁り、水は下に流る。故に鳥は飛びて高く、魚は動きて下る。物類相い動き、本標相い應ず。故に陽燧日を見れば則ち燃えて火と為り、方諸月を見れば則ち津して水と為る。虎嘯きて谷風至り、龍舉がりて景雲屬き、麒麟鬥いて日月食し、鯨魚死して彗星出で、蠶絲を珥して商弦絕え、賁星墜ちて勃海決す。
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『淮南子』天文訓天地以て設けられ、分かれて陰陽と爲る。陽は陰に生じ、陰は陽に生ず。陰陽相い錯わりて、四維乃ち通じ、或いは死し或いは生じ、萬物乃ち成る。蚑行喙息、人より貴きは莫し。孔竅肢體、皆な天に通ず。天に九重有り、人にも亦た九竅有り。天に四時有り、以て十二月を制す。人にも亦た四肢有り、以て十二節を使う。天に十二月有り、以て三百六十日を制す。人にも亦た十二肢有り、以て三百六十節を使う。故に事を舉げて天に順わざる者は、其の生を逆らう者なり。日冬至を以て來歲の正月朔日を數え、五十日なる者は、民の食足る。五十日に滿たざれば、日に一斗を減じ、餘る日有れば、日に一升を益す。其の歲司有るなり。
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『淮南子』泰族訓天地四時は、萬物を生ずるに非ざるなり。神明 接し、陰陽 和して、萬物 之を生ず。聖人の天下を治むるは、民の性を易うるに非ざるなり。其の有する所を拊循して之を滌蕩す。故に因れば則ち大に、化すれば則ち細なり。禹 龍門を鑿ち、伊闕を辟き、江を決し河を濬え、東のかた之を海に注ぐは、水の流れに因ればなり。后稷 草を墾き菑を發き、土を糞し穀を樹え、五種をして各々其の宜しきを得しむるは、地の勢いに因ればなり。湯・武 革車三百乘、甲卒三千人にして、暴亂を討ち、夏・商を制するは、民の欲に因ればなり。故に能く因れば、則ち天下に敵無し。