淮南子 / 泰族訓
天設日月,列星辰,調陰陽,張四時,日以暴之,夜以息之,風以幹之,雨露以濡之。其生物也,莫見其所養而物長;其殺物也,莫見其所喪而物亡。此之謂神明。聖人象之,故其起福也,不見其所由而福起;其除禍也,不見其所以而禍除。遠之則邇,延之則疏;稽之弗得,察之不虛;日計無算,歲計有餘。
新字:天設日月,列星辰,調陰陽,張四時,日以暴之,夜以息之,風以幹之,雨露以濡之。其生物也,莫見其所養而物長;其殺物也,莫見其所喪而物亡。此之謂神明。聖人象之,故其起福也,不見其所由而福起;其除禍也,不見其所以而禍除。遠之則邇,延之則疏;稽之弗得,察之不虚;日計無算,歳計有余。
書き下し
天は日月を設け、星辰を列ね、陰陽を調え、四時を張り、日は以て之を暴し、夜は以て之を息わしめ、風は以て之を幹かし、雨露は以て之を濡す。其の物を生ずるや、其の養う所を見ること莫くして物 長ず。其の物を殺すや、其の喪う所を見ること莫くして物 亡ぶ。此れを之れ神明と謂う。聖人 之に象る。故に其の福を起こすや、其の由る所を見ずして福 起こる。其の禍を除くや、其の以てする所を見ずして禍 除かる。之を遠ざくれば則ち邇く、之を延けば則ち疏し。之を稽うるも得ず、之を察するも虛しからず。日に計れば算無く、歲に計れば餘り有り。
現代語訳
天は日と月を設け、星を並べ、陰陽を調え、四季を張り渡し、昼は日にさらし、夜は休ませ、風で乾かし、雨露で潤す。物を生むときは、養っているところが見えないのに物は育つ。物を枯らすときは、失わせているところが見えないのに物は滅びる。これを神明という。聖人はこれにならう。だから福を起こすときは、どこから来たのか見えないままに福が起こり、禍を除くときは、どうやったのか見えないままに禍が除かれる。遠ざければ近く、引き寄せれば疎くなる。調べても掴めず、見つめれば空虚ではない。一日で数えれば数にならず、一年で数えれば余りがある。
解説
「其の養う所を見ること莫くして物 長ず」。天が育てているところを見た人はいません。それでも育つ。聖人の仕事もそれにならい、福を起こしても出どころが見えず、禍を除いても手つきが見えない。締めの一行が実感に近い。「日に計れば算無く、歲に計れば餘り有り」——一日単位では成果が数えられないのに、一年分にすると余っている。
この章句が説くこと
天は日月を設け星辰を列ね陰陽を調え四時を張る其の物を生ずるや其の養う所を見ること莫くして物長ず此れを之れ神明と謂う聖人之に象る其の福を起こすや其の由る所を見ずして福起こる日に計れば算無く歳に計れば余り有り蓄積
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