淮南子 / 天文訓
陰陽相薄,感而為雷,激而為霆,亂而為霧。陽氣勝則散而為雨露,陰氣勝則凝而為霜雪。毛羽者,飛行之類也,故屬於陽。介鱗者,蟄伏之類也,故屬於陰。日者,陽之主也,是故春夏則群獸除,日至而麋鹿解。月者,陰之宗也,是以月虛而魚腦減,月死而蠃蛖膲。火上蕁,水下流,故鳥飛而高,魚動而下。物類相動,本標相應,故陽燧見日則燃而為火,方諸見月則津而為水,虎嘯而谷風至,龍舉而景雲屬,麒麟鬥而日月食,鯨魚死而彗星出,蠶珥絲而商弦絕,賁星墜而勃海決。
新字:陰陽相薄,感而為雷,激而為霆,乱而為霧。陽気勝則散而為雨露,陰気勝則凝而為霜雪。毛羽者,飛行之類也,故属於陽。介鱗者,蟄伏之類也,故属於陰。日者,陽之主也,是故春夏則群獣除,日至而麋鹿解。月者,陰之宗也,是以月虚而魚脳減,月死而蠃蛖膲。火上蕁,水下流,故鳥飛而高,魚動而下。物類相動,本標相応,故陽燧見日則燃而為火,方諸見月則津而為水,虎嘯而谷風至,竜舉而景雲属,麒麟鬥而日月食,鯨魚死而彗星出,蠶珥糸而商弦絶,賁星墜而勃海決。
書き下し
陰陽相い薄り、感じて雷と為り、激して霆と為り、亂れて霧と為る。陽氣勝てば則ち散じて雨露と為り、陰氣勝てば則ち凝りて霜雪と為る。毛羽なる者は、飛行の類なり、故に陽に屬す。介鱗なる者は、蟄伏の類なり、故に陰に屬す。日なる者は、陽の主なり、是の故に春夏には則ち群獸除り、日至りて麋鹿解く。月なる者は、陰の宗なり、是を以て月虛しくして魚腦減り、月死して蠃蛖膲む。火は上に蕁り、水は下に流る。故に鳥は飛びて高く、魚は動きて下る。物類相い動き、本標相い應ず。故に陽燧日を見れば則ち燃えて火と為り、方諸月を見れば則ち津して水と為る。虎嘯きて谷風至り、龍舉がりて景雲屬き、麒麟鬥いて日月食し、鯨魚死して彗星出で、蠶絲を珥して商弦絕え、賁星墜ちて勃海決す。
現代語訳
陰と陽が迫り合い、感じて雷となり、激して稲妻となり、乱れて霧となる。陽の気が勝てば散じて雨や露となり、陰の気が勝てば凝って霜や雪となる。毛や羽のあるものは、飛ぶたぐいである、だから陽に属する。甲羅や鱗のあるものは、冬ごもりのたぐいである、だから陰に属する。日は陽の主である、だから春夏には獣が毛を落とし、夏至になって大鹿は角を落とす。月は陰の宗である、だから月が欠ければ魚の脳が減り、月が消えれば貝の身が痩せる。火は上に燃え上がり、水は下に流れる。だから鳥は飛んで高く、魚は動いて下る。同じたぐいのものは互いに動き、根と枝先は互いに応じる。だから陽燧を日に向ければ燃えて火となり、方諸を月に向ければにじんで水となる。虎が吼えれば谷の風が至り、龍が昇れば瑞雲が続き、麒麟が闘えば日月が食し、鯨が死ねば彗星が出、蚕が糸を吐けば商の弦が切れ、流星が落ちれば渤海が決壊する。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』覽冥訓夫れ陽燧は火を日に取り、方諸は露を月に取る。天地の間、巧曆も其の數を舉ぐる能わず、手は徽忽怳として、其の光を覽る能わず。然れども掌握の中を以て、類を太極の上に引きて、水火立ちどころに致す可き者は、陰陽 氣を同じくして相い動けばなり。此れ傅說の辰尾に騎る所以なり。故に至陰は飂々、至陽は赫赫たり。兩者交わり接して和を成して、萬物生ず。眾雄にして雌無くんば、又た何の化か能く造る所ならんや。所謂 言わざるの辯、道わざるの道なり。故に遠きを召す者は無為ならしめ、近きを親しむ者は無事ならしむ。惟だ夜行なる者のみ能く之を有つ。故に走馬を卻けて以て糞し、車軌 遠方の外に接せず、是れを坐馳陸沈と謂う。晝は冥く宵は明るく、冬を以て膠を鑠かし、夏を以て冰を造る。夫れ道なる者は、私に就く無く、私に去る無し。能なる者は餘り有り、拙なる者は足らず。之に順う者は利あり、之に逆らう者は凶なり。譬えば隋侯の珠、和氏の璧のごとし。之を得る者は富み、之を失う者は貧し。得失の度、深微窈冥にして、知論を以てし難く、辯說す可からず。何を以て其の然るを知る。今夫れ地黃は骨に屬くを主り、而して甘草は肉を生ずるの藥を主る。其の骨に屬くを以て、其の肉を生ずるを責め、其の肉を生ずるを以て、其の骨に屬くを論ずるは、是れ猶お王孫綽の偏枯の藥を倍して、以て殊死の人を生かさんと欲するがごとし。亦た論を失うと謂う可し。
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『淮南子』天文訓季春三月、豐隆乃ち出でて、以て其の雨を將う。秋三月に至り、地氣藏せず、乃ち其の殺を收め、百蟲蟄伏し、靜居して戶を閉ず。青女乃ち出でて、以て霜雪を降す。十二時の氣を行き、以て仲春二月の夕べに至り、乃ち其の藏を收めて其の寒を閉ず。女夷鼓歌して、以て天和を司り、以て百穀禽鳥草木を長ず。孟夏の月、以て穀禾を熟し、雄鳩長く鳴きて、帝の為に歲を候う。是の故に天其の陰を發せざれば、則ち萬物生ぜず。地其の陽を發せざれば、則ち萬物成らず。天圓く地方に、道は中央に在り。日を德と為し、月を刑と為す。月歸りて萬物死し、日至りて萬物生ず。山を遠ざくれば則ち山氣藏し、水を遠ざくれば則ち水蟲蟄し、木を遠ざくれば則ち木葉槁る。日五日見えざれば、其の位を失うなり。聖人は與せず。
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『淮南子』泰族訓夫れ濕の至るや、其の形を見ること莫くして炭 已に重し。風の至るや、其の象を見ること莫くして木 已に動く。日の行くや、其の移るを見ず。騏驥 日に倍して馳すれば、草木 之が爲に靡く。縣烽 未だ轉ぜずして、日 其の前に在り。故に天の且に風あらんとするや、草木 未だ動かずして鳥 已に翔る。其の且に雨あらんとするや、陰曀 未だ集まらずして魚 已に噞す。陰陽の氣の相い動かすを以てなり。
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『淮南子』泰族訓天は其の高きを致し、地は其の厚きを致し、月は其の夜を照らし、日は其の晝を照らし、陰陽 化し、列星 朗らかなり。其の道に非ずして物 自ら然り。故に陰陽四時は、萬物を生ずるに非ざるなり。雨露 時に降るは、草木を養うに非ざるなり。神明 接し、陰陽 和して、萬物 生ず。故に高山深林は、虎豹の爲に非ざるなり。大木茂枝は、飛鳥の爲に非ざるなり。流源 千里、淵深 百仞なるは、蛟龍の爲に非ざるなり。其の高崇を致し、其の廣大を成せば、山居木棲、巢枝穴藏、水潛陸行、各々其の寧んずる所を得。
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『淮南子』天文訓天は日月星辰を受け、地は水潦塵埃を受く。昔者共工と顓頊と帝爲るを爭い、怒りて不周の山に觸れ、天柱折れ、地維絕ゆ。天西北に傾く、故に日月星辰焉に移る。地東南に滿たず、故に水潦塵埃焉に歸す。天道は圓と曰い、地道は方と曰う。方なる者は幽を主り、圓なる者は明を主る。明なる者は、氣を吐く者なり、是の故に火を外景と曰う。幽なる者は、氣を含む者なり、是の故に水を内景と曰う。氣を吐く者は施し、氣を含む者は化す。是の故に陽は施し陰は化す。天の偏氣、怒る者は風と為る。地の含氣、和する者は雨と為る。
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『淮南子』天文訓夏日至れば則ち陰陽に乘ず。是を以て萬物就きて死す。冬日至れば則ち陽陰に乘ず。是を以て萬物仰ぎて生ず。晝なる者は陽の分、夜なる者は陰の分なり。是を以て陽氣勝てば則ち日修くして夜短く、陰氣勝てば則ち日短くして夜修し。帝四維を張り、之を運らすに斗を以てす。月ごとに一辰を徙り、復た其の所に反る。正月は寅を指し、十二月は丑を指し、一歲にして匝り、終わりて復た始まる。寅を指せば、則ち萬物螾螾たるなり、律は太蔟を受く。太蔟なる者は、蔟りて未だ出でざるなり。卯を指せば、卯は則ち茂茂然たり、律は夾鐘を受く。夾鐘なる者は、種始めて莢するなり。辰を指せば、辰は則ち之を振るうなり、律は姑洗を受く。姑洗なる者は、陳きもの去りて新しきもの來たるなり。巳を指せば、巳は則ち生已に定まるなり、律は仲呂を受く。仲呂なる者は、中充ちて大なるなり。午を指せば、午なる者は、忤なり、律は蕤賓を受く。蕤賓なる者は、安んじて服するなり。未を指せば、未は、昧なり、律は林鐘を受く。林鐘なる者は、引きて止むるなり。申を指せば、申なる者は、之を呻くなり、律は夷則を受く。夷則なる者は、其の則を易うるなり、德以て去るなり。酉を指せば、酉なる者は、飽なり、律は南呂を受く。南呂なる者は、任じて大を包むなり。戌を指せば、戌なる者は、滅なり、律は無射を受く。無射は、入りて厭く無きなり。亥を指せば、亥なる者は、閡なり、律は應鐘を受く。應鐘なる者は、其の鐘に應ずるなり。子を指せば、子なる者は、茲なり、律は黃鐘を受く。黃鐘なる者は、鐘已に黃なるなり。丑を指せば、丑なる者は、紐なり、律は大呂を受く。大呂なる者は、旅旅として去るなり。其の卯酉に加うれば、則ち陰陽分かれ、日夜平らかなり。故に曰く、規は生じ矩は殺し、衡は長じ權は藏し、繩は中央に居りて、四時の根と為る、と。