淮南子 / 脩務訓
今鼓舞者,繞身若環,曾撓摩地,扶旋猗那,動容轉曲,便媚擬神。身若秋藥被風,發若結旌,騁馳若騖;木熙者,舉梧檟,據句枉,蝯自縱,好茂葉,龍夭矯,燕枝拘,援豐條,舞扶疏,龍從鳥集,搏援攫肆,蔑蒙踴躍。且夫觀者莫不為之損心酸足,彼乃始徐行微笑,被衣修擢。夫鼓舞者非柔縱,而木熙者非眇勁,淹浸漬漸摩使然也。
新字:今鼓舞者,繞身若環,曽撓摩地,扶旋猗那,動容転曲,便媚擬神。身若秋薬被風,発若結旌,騁馳若騖;木熙者,舉梧檟,拠句枉,蝯自縦,好茂葉,竜夭矯,燕枝拘,援豊条,舞扶疏,竜従鳥集,搏援攫肆,蔑蒙踴躍。且夫観者莫不為之損心酸足,彼乃始徐行微笑,被衣修擢。夫鼓舞者非柔縦,而木熙者非眇勁,淹浸漬漸摩使然也。
書き下し
今 鼓舞する者は、身を繞ること環の若く、曾撓して地を摩し、扶旋猗那、容を動かし曲を轉じ、便媚 神に擬す。身は秋藥の風を被るが若く、發は結旌の若く、騁馳すること騖るが若し。木熙する者は、梧檟に舉り、句枉に據り、蝯のごとく自ら縱ち、茂葉を好み、龍のごとく夭矯し、燕のごとく枝に拘まり、豐條を援き、扶疏に舞い、龍のごとく從い鳥のごとく集まり、搏援攫肆、蔑蒙踴躍す。且つ夫れ觀る者 之が爲に心を損し足を酸せざる莫きに、彼は乃ち始めて徐ろに行き微笑し、衣を被り擢を修む。夫れ鼓舞する者は柔縱に非ず、木熙する者は眇勁に非ず。淹浸漬漸 摩して然らしむるなり。
現代語訳
舞う者は、体を輪のように回し、身を折って地を撫で、旋回し、しなやかにたわみ、姿を動かし節に転じ、その優美さは神業のようである。体は秋の草が風を受けるようで、髪飾りは結んだ旗のよう、駆けるさまは馬が走るよう。木登りの軽業をする者は、梧や檟の木に登り、曲がった枝を伝い、猿のように身を放ち、茂った葉を選び、龍のようにくねり、燕のように枝にとまり、太い枝をたぐり、広がった枝ぶりの上で舞い、龍のように従い鳥のように集まり、掴み、放ち、飛び跳ねる。見る者は心を痛め足がすくむのに、当人は終わってからゆっくり歩いて微笑み、衣を整え髪をなでつける。舞う者はもともと体が柔らかいのではなく、軽業師はもともと身軽で強いのではない。長く浸し、しみ込ませ、少しずつ磨いて、そうなったのである。
解説
この章句が説くこと
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