淮南子 / 說林訓
善用人者,若蚈之足,眾而不相害;若脣之與齒,堅柔相摩而不相敗。清醠之美,始於耒耜;黼黻之美,在於杼軸。布之新不如紵,紵之獘不如布,或善為新,或惡為故。𩉇䩉在頰則好,在顙則醜。繡,以為裳則宜,以為冠則譏。馬齒非牛蹄,檀根非椅枝,故見其一本而萬物知。石生而堅,蘭生而芳,少自其質,長而愈明。
新字:善用人者,若蚈之足,眾而不相害;若脣之与齒,堅柔相摩而不相敗。清醠之美,始於耒耜;黼黻之美,在於杼軸。布之新不如紵,紵之獘不如布,或善為新,或悪為故。𩉇䩉在頰則好,在顙則醜。繡,以為裳則宜,以為冠則譏。馬齒非牛蹄,檀根非椅枝,故見其一本而万物知。石生而堅,蘭生而芳,少自其質,長而愈明。
書き下し
善く人を用うる者は、蚈の足の若く、眾くして相い害せず。脣の齒に與するが若く、堅柔 相い摩して相い敗らず。清醠の美は、耒耜に始まる。黼黻の美は、杼軸に在り。布の新しきは紵に如かず、紵の獘るるは布に如かず。或いは善く新を爲し、或いは惡しく故を爲す。𩉇䩉は頰に在れば則ち好く、顙に在れば則ち醜し。繡は、以て裳と爲せば則ち宜しく、以て冠と爲せば則ち譏らる。馬齒は牛蹄に非ず、檀根は椅枝に非ず。故に其の一本を見て萬物 知らる。石は生じながらに堅く、蘭は生じながらに芳し。少きより其の質に自り、長じて愈々明らかなり。
現代語訳
うまく人を使う者は、百足の足のように、多くてもぶつからない。唇と歯のように、堅いものと柔らかいものが擦れ合っても壊れない。澄んだ酒のうまさは、鋤や鍬から始まる。刺繡の美しさは、機の杼にある。新しいうちは、麻布より苧のほうがよい。古びてくると、苧より麻布のほうがよい。新しいときに映えるものもあれば、古びると見苦しくなるものもある。えくぼは頬にあれば愛らしく、額にあれば醜い。刺繡は裳にするならふさわしく、冠にすれば笑われる。馬の歯は牛の蹄ではなく、檀の根は椅の枝ではない。だからその一本を見れば、万物のことが分かる。石は生まれつき堅く、蘭は生まれつき香る。幼いころからその質によっており、育つにつれていよいよはっきりする。
解説
この章句が説くこと
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