淮南子 / 脩務訓
夫七尺之形,心知憂愁勞苦,膚知疾痛寒暑,人情一也。聖人知時之難得,務可趣也,苦身勞形,焦心怖肝,不避煩難,不違危殆。蓋聞子發之戰,進如激矢,合如雷電,解如風雨,員之中規,方之中矩,破敵陷陳,莫能壅禦,澤戰必克,攻城必下。彼非輕身而樂死,務在於前,遺利於後,故名立而不墮。此身強而成功者也。是故田者不強,囷倉不盈;官禦不厲,心意不精;將相不強,功烈不成;侯王懈惰,後世無名。《詩》雲:「我馬唯騏,六轡如絲。載馳載驅,周爰諮謨。」以言人之有所務也。
新字:夫七尺之形,心知憂愁労苦,膚知疾痛寒暑,人情一也。聖人知時之難得,務可趣也,苦身労形,焦心怖肝,不避煩難,不違危殆。蓋聞子発之戦,進如激矢,合如雷電,解如風雨,員之中規,方之中矩,破敵陥陳,莫能壅禦,沢戦必克,攻城必下。彼非軽身而楽死,務在於前,遺利於後,故名立而不堕。此身強而成功者也。是故田者不強,囷倉不盈;官禦不厲,心意不精;将相不強,功烈不成;侯王懈惰,後世無名。《詩》雲:「我馬唯騏,六轡如糸。載馳載駆,周爰諮謨。」以言人之有所務也。
書き下し
夫れ七尺の形、心は憂愁勞苦を知り、膚は疾痛寒暑を知る。人情 一なり。聖人は時の得難く、務めの趣く可きを知る。身を苦しめ形を勞し、心を焦がし肝を怖れしめ、煩難を避けず、危殆を違えず。蓋し聞く、子發の戰いは、進むこと激矢の如く、合すること雷電の如く、解くること風雨の如し。員は規に中たり、方は矩に中たる。敵を破り陳を陷れて、能く壅禦する莫し。澤に戰えば必ず克ち、城を攻むれば必ず下す。彼 身を輕んじて死を樂しむに非ず。務め 前に在りて、利を後に遺す。故に名 立ちて墮ちず。此れ身 強めて功を成す者なり。是の故に田する者 強めずんば、囷倉 盈たず。官禦 厲まずんば、心意 精しからず。將相 強めずんば、功烈 成らず。侯王 懈惰なれば、後世に名無し。詩に云う「我が馬は唯だ騏、六轡は絲の如し。載ち馳せ載ち驅せ、周く爰に諮謨す」と。以て人の務むる所有るを言うなり。
現代語訳
七尺の体は、心が憂いと苦労を知り、肌が痛みと寒暑を知る。人の情は同じである。聖人は、時が得がたいこと、努めれば向かえることを知っている。だから身を苦しめ体を労し、心を焦がし肝を冷やし、面倒を避けず、危険を避けて通らない。聞くところでは、子発の戦いは、進むことは放たれた矢のごとく、ぶつかることは雷電のごとく、退くことは風雨のごとくであった。丸ければコンパスに合い、四角ければ矩に合う。敵を破り陣を崩して、防ぎ止められる者がなかった。沢地で戦えば必ず勝ち、城を攻めれば必ず落とした。彼は身を軽んじて死を楽しんだのではない。務めを先に置き、利を後に回したのである。だから名が立って崩れない。これが身を励まして功を成した者である。だから、田を作る者が努めなければ倉は満ちない。役人が励まなければ心は行き届かない。将や宰相が努めなければ功業は成らない。諸侯や王が怠ければ、後世に名は残らない。詩に「わが馬は騏、六本の手綱は糸のよう。走らせ駆けさせ、あまねく相談して回る」とある。人には務めるべきことがある、と言うのである。
解説
この章句が説くこと
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