淮南子 / 脩務訓
申包胥竭筋力以赴嚴敵,伏屍流血,不過一卒之才,不如約身卑辭,求于諸侯。於是乃贏糧跣走,跋涉穀行,上峭山,赴深溪,游川水,犯津關,躐蒙籠,蹶沙石,蹠達膝曾繭重胝,七日七夜,至於秦庭。鶴跱而不食,晝吟宵哭,面若死灰,顏色黴墨,涕液交集,以見秦王。
新字:申包胥竭筋力以赴厳敵,伏屍流血,不過一卒之才,不如約身卑辞,求于諸侯。於是乃贏糧跣走,跋渉穀行,上峭山,赴深渓,游川水,犯津関,躐蒙籠,蹶沙石,蹠達膝曽繭重胝,七日七夜,至於秦庭。鶴跱而不食,昼吟宵哭,面若死灰,顏色黴墨,涕液交集,以見秦王。
書き下し
申包胥 筋力を竭くして以て嚴敵に赴くも、屍を伏せ血を流すは、一卒の才に過ぎず。身を約し辭を卑くして、諸侯に求むるに如かず。是に於いて乃ち糧を贏い跣にして走り、跋涉して穀行し、峭山に上り、深溪に赴き、川水を游ぎ、津關を犯し、蒙籠を躐え、沙石に蹶く。蹠 膝に達し、曾繭 重胝たり。七日七夜、秦庭に至る。鶴のごとく跱ちて食らわず、晝に吟じ宵に哭す。面は死灰の若く、顏色 黴墨たり。涕液 交々集まりて、以て秦王に見ゆ。
現代語訳
申包胥は力を尽くして強敵に立ち向かっても、屍を横たえ血を流すのは一兵卒の働きにすぎない、身を慎み言葉を低くして諸侯に助けを求めるほうがよいと考えた。そこで食糧を背負い、裸足で走り、山谷を越え、切り立った山に登り、深い谷に下り、川を泳ぎ、関所を越え、藪をかき分け、砂と石につまずいた。足の裏の傷は膝にまで及び、肉刺の上に肉刺が重なった。七日七夜かけて、秦の宮廷に着いた。鶴のように立ち尽くして食べず、昼は呻き夜は泣いた。顔は灰のようで、顔色は黒ずみ、涙と鼻水が入り交じったまま、秦王に会った。
解説
自分が戦って死んでも一兵卒ぶんにしかならない、という見積もりから始まります。だから戦場ではなく秦の宮廷を選んだ。裸足で七日七夜歩き、着いてからも立ち尽くして食べず、昼夜泣き続ける。その姿のまま王の前に出ました。訴える言葉より先に、体のほうが証拠になっています。
この章句が説くこと
申包胥筋力を竭くして以て厳敵に赴くも屍を伏せ血を流すは一卒の才に過ぎず身を約し辞を卑くして諸侯に求むるに如かず乃ち糧を贏い跣にして走り峭山に上り深渓に赴く蹠膝に達し曽繭重胝たり七日七夜秦庭に至る鶴のごとく跱ちて食らわず昼に吟じ宵に哭す必死
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