淮南子 / 脩務訓
今有良馬,不待策錣而行,駑馬,雖兩錣之不能進,為此不用策錣而禦,則愚矣。夫怯夫操利劍,擊則不能斷,刺則不能入,及至勇武攘卷一搗,則摺肋傷幹,為此棄幹將、鏌邪而以手戰,則悖矣。所謂言者,齊於眾而同於俗。今不稱九天之頂,則言黃泉之底,是兩末之端議,何可以公論乎!
新字:今有良馬,不待策錣而行,駑馬,雖両錣之不能進,為此不用策錣而禦,則愚矣。夫怯夫操利剣,擊則不能断,刺則不能入,及至勇武攘巻一搗,則摺肋傷幹,為此棄幹将、鏌邪而以手戦,則悖矣。所謂言者,斉於眾而同於俗。今不称九天之頂,則言黄泉之底,是両末之端議,何可以公論乎!
書き下し
今 良馬有り、策錣を待たずして行く。駑馬は、兩つながら之を錣つと雖も進む能わず。此れが爲に策錣を用いずして禦せば、則ち愚なり。夫れ怯夫 利劍を操るも、擊てば則ち斷つ能わず、刺せば則ち入る能わず。勇武の卷を攘げて一たび搗つに及びては、則ち肋を摺き幹を傷る。此れが爲に幹將・鏌邪を棄てて手を以て戰わば、則ち悖れり。所謂 言なる者は、眾に齊しくして俗に同じ。今 九天の頂を稱せずんば、則ち黃泉の底を言う。是れ兩末の端議なり。何ぞ以て公論と爲す可けんや。
現代語訳
いま良馬がいて、鞭を当てなくても走る。駑馬は、二本の鞭で打っても進めない。それを理由に鞭を使わずに御そうとするなら、愚かである。臆病者が名剣を握っても、斬れば断てず、突けば入らない。勇者が腕をまくって一撃すれば、肋を砕き胴を傷つける。それを理由に干将や鏌邪の剣を捨てて素手で戦うなら、道理に反する。そもそも言葉というものは、多くの人に通じ、世の常識と噛み合うものである。いま、九天の頂を持ち出さなければ黄泉の底を言う。これは両極端の議論である。どうして公の議論になろうか。
解説
学は要らないという論への反論が続きます。使い方が二つとも極端です。「鞭がなくても走る馬がいる」から鞭を捨て、「素手でも勝てる者がいる」から名剣を捨てる。例外を根拠に道具を捨てるやり方への批判で、続く「兩末の端議」がその名づけです。両端だけを取り上げる議論は、真ん中にいる大多数について何も言っていません。
この章句が説くこと
今良馬有り策錣を待たずして行く駑馬は両つながら之を錣つと雖も進む能わず此れが為に策錣を用いずして禦せば則ち愚なり怯夫利剣を操るも擊てば則ち断つ能わず此れが為に幹将・鏌邪を棄てて手を以て戦わば則ち悖れり九天の頂を称せずんば則ち黄泉の底を言う是れ両末の端議なり極論
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