淮南子 / 人間訓
夫事之所以難知者,以其竄端匿跡,立私於公,倚邪於正,而以勝惑人之心者也。若使人之所懷於內者,與所見於外者,若合符節,則天下無亡國敗家矣。夫狐之捕雉也,必先卑體彌耳,以待其來也。雉見而信之,故可得而擒也。使狐瞋目植睹,見必殺之勢,雉亦知驚憚遠飛,以避其怒矣。夫人偽之相欺也,非直禽獸之詐計也,物類相似若然,而不可從外論者,眾而難識矣,是故不可不察也。
新字:夫事之所以難知者,以其竄端匿跡,立私於公,倚邪於正,而以勝惑人之心者也。若使人之所懐於内者,与所見於外者,若合符節,則天下無亡国敗家矣。夫狐之捕雉也,必先卑体弥耳,以待其来也。雉見而信之,故可得而擒也。使狐瞋目植睹,見必殺之勢,雉亦知驚憚遠飛,以避其怒矣。夫人偽之相欺也,非直禽獣之詐計也,物類相似若然,而不可従外論者,眾而難識矣,是故不可不察也。
書き下し
夫れ事の知り難き所以の者は、其の端を竄し跡を匿し、私を公に立て、邪を正に倚せて、以て人の心を惑わすに勝うる者を以てなり。若し人の內に懷く所の者をして、外に見わす所の者と、符節を合するが若くならしめば、則ち天下に亡國敗家無からん。夫れ狐の雉を捕らうるや、必ず先ず體を卑くし耳を彌して、以て其の來るを待つ。雉 見て之を信ず。故に得て擒う可きなり。狐をして目を瞋らせ睹を植て、必ず之を殺すの勢を見わさしめば、雉も亦た驚憚して遠く飛び、以て其の怒りを避くるを知らん。夫れ人偽の相い欺くや、直だ禽獸の詐計のみに非ざるなり。物類 相い似たること然るが若くして、外從り論ず可からざる者は、眾くして識り難し。是の故に察せざる可からざるなり。
現代語訳
事が知りがたいのは、発端を隠し痕跡を消し、私を公の顔で立て、邪を正しさに寄りかからせて、人の心を惑わすに足るからである。もし人が内に抱いているものと、外に見せているものとが、割り符を合わせるように一致するなら、天下に滅ぶ国も潰れる家もないだろう。狐が雉を捕らえるときは、必ずまず体を低くし耳を伏せて、来るのを待つ。雉はそれを見て安心する。だから捕らえられる。もし狐が目を怒らせ、まなざしを立てて、必ず殺すという構えを見せたら、雉も驚いて遠くへ飛び、その怒りを避けることを知るだろう。人の偽りが互いを欺くのは、けものの謀りごとどころではない。似たものが同じように見えて、外側からは論じられないものは、多くて見分けがたい。だからよく見なければならない。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』詮言訓天下に信士無きに非ざるなり。貨に臨み財を分かつに、必ず籌を控えて分を定むるは、心有る者の平に於けるは、心無き者に若かざるを以てなり。天下に廉士無きに非ざるなり。然れども重寶を守る者は必ず戶を關じて封を全うするは、欲有る者の廉に於けるは、欲無き者に若かざるを以てなり。人 其の疵を舉ぐれば則ち人を怨み、鑒 其の醜を見わせば則ち鑒を善しとす。人 能く物に接して己と與らざれば、則ち累を免る。公孫龍は辭に粲かにして名を貿い、鄧析は巧辯にして法を亂し、蘇秦は善説にして國を亡ぼす。其の道に由れば、則ち善に章無し。其の理を修むれば、則ち巧に名無し。故に巧を以て力を鬥わす者は、陽に始まりて、常に陰に卒わる。慧を以て國を治むる者は、治に始まりて、常に亂に卒わる。水をして下に流れしむれば、孰か能く治めざらん。激して之を上らすは、巧に非ざれば能わず。故に文 勝てば則ち質 掩われ、邪 巧なれば則ち正 之に塞がるなり。
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『淮南子』人間訓此れより後、括子は日々に以て疏んぜられ、無害子は日々に以て進む。故に患を謀りて患 解け、國を圖りて國 存するは、括子の智 得たり。無害子の慮は策に中たること無く、謀は國に益無し。然れども心 君に調うは、義行有ればなり。今 人は冠を待ちて首を飾り、履を待ちて地を行く。冠履の人に於けるや、寒きも煖むる能わず、風も障る能わず、暴も蔽う能わず。然れども冠を冠り履を履くは、其の自ら託する所の者 然ればなり。
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