淮南子 / 人間訓
凡人之舉事,莫不先以其知規慮揣度,而後敢以定謀。其或利或害,此愚智之所以異也。曉自然以為智,知存亡之樞機,禍福之門戶,舉而用之,陷溺於難者,不可勝計也。使知所為是者,事必可行,則天下無不達之塗矣。是故知慮者,禍福之門戶也;動靜者,利害之樞機也。百事之變化,國家之治亂,待而後成。是故不溺於難者成,是故不可不慎也。
新字:凡人之舉事,莫不先以其知規慮揣度,而後敢以定謀。其或利或害,此愚智之所以異也。暁自然以為智,知存亡之枢機,禍福之門戸,舉而用之,陥溺於難者,不可勝計也。使知所為是者,事必可行,則天下無不達之塗矣。是故知慮者,禍福之門戸也;動静者,利害之枢機也。百事之変化,国家之治乱,待而後成。是故不溺於難者成,是故不可不慎也。
書き下し
凡そ人の事を舉ぐるや、先ず其の知を以て規慮揣度して、而る後に敢えて以て謀を定めざるは莫し。其の或いは利あり或いは害あるは、此れ愚智の異なる所以なり。自然に曉らかにして以て智と爲し、存亡の樞機、禍福の門戶を知り、舉げて之を用いて、難に陷溺する者は、勝げて計う可からざるなり。知りて爲す所 是なる者をして、事 必ず行う可からしめば、則ち天下に達せざるの塗無からん。是の故に知慮なる者は、禍福の門戶なり。動靜なる者は、利害の樞機なり。百事の變化、國家の治亂は、待ちて而る後に成る。是の故に難に溺れざる者は成る。是の故に慎まざる可からざるなり。
現代語訳
およそ人が事を起こすとき、まず自分の知恵で見積もり測ったうえで、はじめて計画を定めない者はいない。それでも利になったり害になったりするのは、愚と智の分かれるところである。自然の理に明るいことを智とし、存亡のかなめ、禍福の出入り口を知って、それを持ち出して用いながら、なお難に陥る者は数えきれない。正しいと分かってしたことが必ずうまくいくのなら、天下に行き着けない道はないはずだ。だから知慮とは禍福の門であり、動くか止まるかは利害のかなめである。あらゆる事の移り変わりも、国家の治乱も、これを待ってはじめて定まる。だから難に溺れない者が成し遂げる。だから慎まないわけにはいかないのである。
解説
この章句が説くこと
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