淮南子 / 齊俗訓
亂世之法,高為量而罪不及,重為任而罰不勝,危為禁而誅不敢。民困於三責,則飾智而詐上,犯邪而干免。故雖峭法嚴刑,不能禁其姦。何者?力不足也。故諺曰:「鳥窮則噣,獸窮則□,人窮則詐。」此之謂也。道德之論,譬猶日月也,江南河北不能易其指,馳鶩千里不能易其處。趨舍禮俗,猶室宅之居也,東家謂之西家,西家謂之東家,雖皋陶為之理,不能定其處。故趨舍同,誹譽在俗;意行鈞,窮達在時。
新字:乱世之法,高為量而罪不及,重為任而罰不勝,危為禁而誅不敢。民困於三責,則飾智而詐上,犯邪而干免。故雖峭法厳刑,不能禁其姦。何者?力不足也。故諺曰:「鳥窮則噣,獣窮則□,人窮則詐。」此之謂也。道徳之論,譬猶日月也,江南河北不能易其指,馳鶩千里不能易其処。趨舎礼俗,猶室宅之居也,東家謂之西家,西家謂之東家,雖皋陶為之理,不能定其処。故趨舎同,誹誉在俗;意行鈞,窮達在時。
書き下し
亂世の法は、高く量を為して罪 及ばず、重く任を為して罰 勝えず、危く禁を為して誅 敢えてせず。民 三責に困しめば、則ち智を飾りて上を詐り、邪を犯して免るるを干む。故に法を峭しくし刑を嚴にすと雖も、其の姦を禁ずる能わず。何となれば、力 足らざればなり。故に諺に曰く、「鳥 窮すれば則ち噣し、獸 窮すれば則ち□し、人 窮すれば則ち詐る」と。此れ之を謂うなり。道德の論は、譬えば猶お日月のごときなり。江南河北も其の指を易うる能わず、千里に馳鶩するも其の處を易うる能わず。趨舍禮俗は、猶お室宅の居のごときなり。東家は之を西家と謂い、西家は之を東家と謂う。皋陶 之が理と為ると雖も、其の處を定むる能わず。故に趨舍 同じくして、誹譽は俗に在り。意行 鈞しくして、窮達は時に在り。
現代語訳
乱れた世の法は、基準を高く定めて罪が及ばないほどにし、任を重くして罰に堪えられないほどにし、禁を危うくして誅に踏み切れないほどにする。民が三つの責めに苦しめば、知恵を飾って上を欺き、邪を犯してでも逃れようとする。だから法を切り立て刑を厳しくしても、その悪を禁じられない。なぜか。力が足りないからである。だから諺に言う、「鳥は窮まれば嘴で突き、獣は窮まれば〔一字を欠く〕、人は窮まれば偽る」。このことである。道徳の論は、たとえば日月のようなものだ。長江の南でも黄河の北でもその指すところは変わらず、千里を駆けてもその位置は変わらない。取捨や礼や習わしは、家の建ち方のようなものだ。東の家はそれを西の家と呼び、西の家はそれを東の家と呼ぶ。皋陶が裁いても、その位置を定められない。だから取捨が同じでも、そしりと誉れは習わしのほうで決まる。心と行いが等しくても、行き詰まるか通るかは時のほうで決まる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『長短経』適変昔、先王は時に当たりて法度を立て、務めに臨みて事を制す。法、其の時に宜しければ則ち理まり、事、其の務めに適えば故に功有り。今、時移りて法変わらず、務め易わりて事は古を以てす。是れ則ち法と時と詭き、事と務めと易わるなり。是を以て法立ちて時は益々乱れ、務め無くして事は益々廃る。此れ聖人の国を理むるや、古に法らず、今に修らず、時に当たりて功を立て、難に在りて能く免る。
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『呻吟語』内篇・談道・法は死物、道は活物威儀三千、禮儀三百、五刑の屬三千は、皆な法なり。法は是れ死底にして、人をして守る可からしむ。道は是れ活底にして、人をして變通せしむ。賢者は法の中に持循し、聖人は法の外に變易す。自ら聖人に非ずして變易を言ふは、皆な法を亂るなり。
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『韓非子』八説第四十七古者は事寡くして備へ簡に、樸陋にして盡くさず、故に珧銚ありて車を推す者有り。古者は人寡くして相親しみ、物多くして利を輕んじ讓り易し、故に揖讓して天下を傳ふる者有り。然らば則ち揖讓を行ひ、慈惠を高くし、仁厚を道ふは、皆推政なり。多事の時に處りて、寡士の器を用ふるは、智者の備へに非ざるなり。大爭の世に當りて、揖讓の軌に循ふは、聖人の治に非ざるなり。故に智者は推車に乘らず、聖人は推政を行はざるなり。法は事を制する所以なり、事は功を名づくる所以なり。法立つ有りて難有るも、其の難を權りて事成らば、則ち之を立つ。事成りて害有るも、其の害を權りて功多ければ、則ち之を爲す。難無きの法、害無きの功は、天下に有ること無きなり。是を以て千丈の都を拔き、十萬の衆を敗り、死傷する者軍の乘、甲兵折挫し、士卒死傷するも、戰勝ちて地を得たるを賀する者は、其の小害を出して其の大利を計ればなり。夫れ沐する者には弃髪有り、除する者は血肉を傷つく。人の其の難を見て、因りて其の業を釋つるを爲すは、是れ術無きの士なり。先聖言有りて曰く、「規に摩有りて水に波有り、我之を更めんと欲すれども、之を奈何ともする無し」と。此れ權に通ずるの言なり。是を以て說に必ず立ちて實に曠しき者有り、言に辭拙くして用に急なる者有り。故に聖人は害無きの言を求めずして、易ふる無きの事を務む。人の衡石を事とせざるは、貞廉にして利に遠ざかるに非ず、石は人の爲に多少なる能はず、衡は人の爲に輕重なる能はず、求索して得る能はず、故に人事とせざるなり。明主の國は、官敢へて法を枉げず、吏敢へて私利を爲さず、貨賂行はれず、
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『韓非子』難一第三十六郄子因りて曰く、「胡ぞ以て徇へざる」と。其の僕曰く、「曩には将に之を救はんとするにあらずや」と。郄子曰く、「吾敢て謗を分かたざらんや」と。或ひと曰く、郄子の言は、察せざる可からざるなり、謗を分かつに非ざるなり。韓子の斬る所や、若し罪人ならば、則ち救ふ可からず、罪人を救ふは、法の敗るる所以なり、法敗るれば則ち国乱る。若し罪人に非ざれば、則ち之に勧むるに徇ふるを以てす可からず、之に勧むるに徇ふるを以てするは、是れ不辜を重ぬるなり、不辜を重ぬるは、民の怨みを起こす所以の者なり、民怨めば則ち国危ふし。郄子の言は、危ふからざれば則ち乱る、察せざる可からざるなり。且つ韓子の斬る所若し罪人ならば、郄子奚ぞ分かたん。斬ること若し罪人に非ざれば、則ち已に之を斬れり、而して郄子乃ち至る、是れ韓子の謗已に成りて郄子且つ後れて至るなり。夫れ郄子の「以て徇へよ」と曰ふは、以て人を斬るの謗を分かつに足らずして、又徇ふるの謗を生ず。是れ子謗を分かつと言ふか。昔者紂炮烙を為る、崇侯・悪来又渉る者の脛を斬れと曰ふ、奚ぞ紂の謗を分かたん。且つ民の上に望むや甚だし、韓子得ざれば、且に郄子の之を得んことを望まんとす。今郄子俱に得ず、則ち民上に望みを絶たん。故に曰く、郄子の言は謗を分かつに非ず、謗を益すなり、と。且つ郄子の往きて罪を救ふや、韓子を以て非と為すなり。其の非と為す所以を道はずして、之に「以て徇へよ」と勧む、是れ韓子をして其の過を知らざらしむるなり。夫れ下は民をして望みを上に絶たしめ、又韓子をして其の失を知らざらしむ、吾未だ郄子の謗を分かつ所以の者を得ざるなり。桓公管仲の束縛を解きて之を相とす。管仲曰く、「臣寵有り、然り而して臣卑し」と。公曰く、「子をして高・国の上に立たしめん」と。管仲曰く、「臣貴し、然り而して臣貧し」と。公曰く、「子をして三帰の家を有たしめん」と。管仲曰く、「臣富めり、然り而して臣䟽し」と。是に於て立てて以て仲父と為す。
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『呻吟語』外篇・治道・法は一なり法とは、一なり。法曹とは、此の一を執るなり。貧富貴賤を以て之を二にせば、則ち法に非ざるなり。或るひと曰く、「親貴は疏賤と法を同じくし難し」と。曰く、「是なり、八議已に之を別てり」と。八議の別たざる所にして亦た之を二にせば、將た何の說をか之れ辭せん。夫れ天子の法を執りて己の爵祿を顧忌し、以て高明に徇ひて煢獨を虐ぐるは、國法天道を如何せん。綱を裂き紀を壞り、善を摧き惡を長ずれば、國必ず病まん。
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『韓非子』安危第二十五故に安国の法は、饑ゑて食し、寒くして衣るが若く、令せずして自然なり。先王は理を竹帛に寄す、其の道順なり、故に後世服す。今人をして饑寒を去らしめば、賁・育と雖も行ふこと能はず。自然を廃すれば、道に順ふと雖も立たず。強勇の行ふこと能はざる所なれば、則ち上安んずること能はず。上、厭くこと無きを以て已に尽くせるを責むれば、則ち下「有る無し」と対ふ。有る無ければ則ち法を軽んず。法は国を為むる所以なり、而るに之を軽んずれば、則ち功立たず、名成らず。聞く、古の扁鵲の其の病を治するや、刀を以て骨を刺す。聖人の危国を救ふや、忠を以て耳に払ふ。骨を刺す、故に小痛体に在りて長利身に在り。耳に払ふ、故に小逆心に在りて久福国に在り。

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