淮南子 / 人間訓
自此之後,括子日以疏,無害子日以進。故謀患而患解,圖國而國存,括子之智得矣。無害子之慮無中於策,謀無益於國,然而心調於君,有義行也。今人待冠而飾首,待履而行地。冠履之於人也,寒不能煖,風不能障,暴不能蔽也,然而冠冠履履者,其所自託者然也。
新字:自此之後,括子日以疏,無害子日以進。故謀患而患解,図国而国存,括子之智得矣。無害子之慮無中於策,謀無益於国,然而心調於君,有義行也。今人待冠而飾首,待履而行地。冠履之於人也,寒不能煖,風不能障,暴不能蔽也,然而冠冠履履者,其所自託者然也。
書き下し
此れより後、括子は日々に以て疏んぜられ、無害子は日々に以て進む。故に患を謀りて患 解け、國を圖りて國 存するは、括子の智 得たり。無害子の慮は策に中たること無く、謀は國に益無し。然れども心 君に調うは、義行有ればなり。今 人は冠を待ちて首を飾り、履を待ちて地を行く。冠履の人に於けるや、寒きも煖むる能わず、風も障る能わず、暴も蔽う能わず。然れども冠を冠り履を履くは、其の自ら託する所の者 然ればなり。
現代語訳
これより後、括子は日ごとに疎んじられ、無害子は日ごとに引き立てられた。憂いを謀って憂いが解け、国を図って国が残ったのは、括子の知恵が当たったのである。無害子の考えは策として当たらず、謀は国の役に立たなかった。それでも心が君と調ったのは、義にかなう行いがあったからである。人は冠があって頭を飾り、履があって地を歩く。冠や履は人にとって、寒くても暖めてくれず、風も遮らず、日ざしも防がない。それでも冠をかぶり履を履くのは、自分がそこに身を託しているものがそういうものだからである。
解説
当てた括子が遠ざかり、外した無害子が近づいた。役に立ったかどうかと、そばに置きたいかどうかは別だ、という身も蓋もない観察です。締めの比喩が効いています。冠も履も、寒さも風も日ざしも防がない。実用でいえば何の役にも立たない。それでも人は必ず身につける。役に立つかどうかで測れないものに、人は身を託しています。
この章句が説くこと
此れより後括子は日々に以て疏んぜられ無害子は日々に以て進む患を謀りて患解け国を図りて国存するは括子の智得たり無害子の慮は策に中たること無く謀は国に益無し然れども心君に調うは義行有ればなり冠履の人に於けるや寒きも煖むる能わず風も障る能わず暴も蔽う能わず然れども冠を冠り履を履くは其の自ら託する所の者然ればなり信任
関連する章句
-
『弁名』義人多く礼の先王の礼為るを知りて、義も亦た先王の義為るを知らず。故に其の解皆通ぜず。蓋し義は道の分なり。千差万別、各〻宜しき所有り。故に曰く、「義は宜なり」と。先王既に其の千差万別なる者を以て、制して以て礼と為す。学者猶ほ其の之を制する所以の意を伝ふ。是れ所謂礼の義なり。而して其の空言を以て伝ふる者、是れ所謂義なり。故に礼義は皆古より之を伝ふ。豈に先王の義に非ずや。
-
『武士訓』卷三・第6段たとえば。人ありて。命を千貫萬貫にかへんかといふとも。かゆるものあるべからず。さほど大切なる命なれども。義によつて拋こと。塵よりも輕し。しかるときは。義ほどにおもきもの。世にあるべからず。源致雄歌に「いのちをばかろきになしてものゝふの道よりおもき道やらめやは(風雅集に見えたり。)
-
『講孟余話』盡心上 第三十四章是れ上章「其の有に非ずして之を取るは義に非ず」と云ふに因りて、陳仲子の義、大義とするに足らず、只是れ簞食豆羹を舎つるの義なるを云ふ。陳仲子の事は、滕文公下篇末章に詳らかなり。仲子兄を避け母を離れ、吾が禄を食はず、これ親戚・君臣・上下を亡みするなり。已に人の大倫を外したる人なれば、他の小義は復た云ふに足る者なし。今斉国大なる如しと云へども、畢竟簞食豆羹と異なることなし。孟子論ずる所は物の大小に非ず、乃ち義の大小なり。是れを以て知るべし、聖人は人倫の至りにて、聖人の道は又人倫を以て大綱とす。受与の際に至りては、特に其の細目のみ。夷・斉の餓死する如くにして君臣の義あり、匡章の養はれざる如くにして、却つて父子の親ありと知るべし。
-
『大和俗訓』巻之七・躬行下一君子の道は、すべき事を行ひ、すまじき事をせず。これ義なり。好むべき事を好み、好むまじき事を好まず。是善なり。君子の道はかくの如きのみ。是孟子の語意なり。一人の知は目のごとし。人の目はよく百里の外を見れども、わが睫を見がたし。人の智よく他人の悪を知れども、わが身の悪を知らず。人をみることは常に明なり。私なければなり。自ら見ることは常にくらし。私あればなり。ここを以て、人の過をせむる事はきびしく、わが悪をゆるす事はゆるやかなり。
-
『五常訓』巻之四・義一中庸曰く、義は宜なり、賢を尊ぶを大なりと為す。朱子章句に云く、宜とは事理を分別して、各宜しき所有るなり。周子も、宜を義と曰ふ。釈名曰く、義は宜なり、事物を裁制して、宜しきに合はしむるなり。諸説皆宜しきを以て義とす。宜しきとは、万事万物の品にしたがひ、其理をわきまへて、相応するを云ふ。朱子は、義は心の制、事の宜といへり。制とは、たちわかつ意。裁判するなり。心の制とは、心中に善悪をわかつ所の理あるを云ふ。義の心にあるは、利刀の如し。物来れば、刀を以てたてば二となる。善悪を決断する事、かくの如し。是心の制なり。義の体とす。事之宜とは、諸事に相応して、其理の宜しきにしたがふを云ふ。是義の用とす。事之宜は、心の制ありて、善悪をたちわかちて後の事なり。人を愛するは仁なり。
-
『晏子春秋』雑上・崔慶劫齊將軍大夫盟晏子不與崔杼既に莊公を弑して景公を立て、杼と慶封と之を相け、諸将軍大夫、及び顕士庶人を太宮の坎上に劫し、盟わざるを得ざらしむ。壇を為ること三仞、其の下を塪り、甲千を以て列ねて其の内外を環らす。盟う者皆剣を脱して入る。維だ晏子のみ肯んぜず、崔杼之を許す。敢えて盟わざる者有らば、戟其の頸を鉤し、剣其の心を承く。自ら盟わしめて曰く、「崔・慶に与せずして、公室に与する者は、其の不祥を受けん」と。言疾からず、指血に至らざる者は死す。殺す所七人。次いで晏子に及ぶ。晏子杯血を奉じ、天を仰ぎて歎じて曰く、「嗚呼。崔子は無道を為して其の君を弑す。公室に与せずして崔・慶に与する者は、此の不祥を受けん」と。俛して血を飲む。崔杼、晏子に謂いて曰く、「子、子の言を変えれば、則ち斉国は吾子と之を共にせん。子の言を変えざれば、戟既に脰に在り、剣既に心に在り、維だ子之を図れ」と。晏子曰く、「吾を劫すに刃を以てして其の志を失うは、勇に非ざるなり。吾を回すに利を以てして其の君に倍くは、義に非ざるなり。崔子、子独り夫の詩を為まざるか。詩に云う、『莫莫たる葛藟、条枚に施く。愷悌たる君子、福を求めて回ならず』と。今嬰且に以て回りて福を求む可けんや。曲刃もて之を鉤し、直兵もて之を推すとも、嬰は革まらず」と。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る