淮南子 / 人間訓
何謂不然而若然者?昔越王句踐卑下吳王夫差,請身為臣,妻為妾,奉四時之祭祀,而入春秋之貢職,委社稷,效民力,隱居為蔽,而戰為鋒行,禮甚卑,辭甚服,其離叛之心遠矣,然而甲卒三千人以擒夫差於姑胥。此四策者,不可不審也。
新字:何謂不然而若然者?昔越王句践卑下吳王夫差,請身為臣,妻為妾,奉四時之祭祀,而入春秋之貢職,委社稷,効民力,隠居為蔽,而戦為鋒行,礼甚卑,辞甚服,其離叛之心遠矣,然而甲卒三千人以擒夫差於姑胥。此四策者,不可不審也。
書き下し
何をか然らずして然るが若き者と謂う。昔 越王句踐 吳王夫差に卑下し、身は臣と爲り、妻は妾と爲り、四時の祭祀を奉じ、春秋の貢職を入れ、社稷を委ね、民力を效し、隱居しては蔽と爲り、戰えば鋒行と爲らんことを請う。禮 甚だ卑しく、辭 甚だ服す。其の離叛の心 遠し。然れども甲卒三千人にして以て夫差を姑胥に擒う。此の四策なる者は、審らかにせざる可からざるなり。
現代語訳
そうでないのにそう見えるとはどういうことか。昔、越王勾践は呉王夫差にへりくだり、自分は臣となり、妻は召使いとなり、四季の祭祀を捧げ、春秋の貢ぎ物を納め、社稷を委ね、民の力を差し出し、平時には楯となり、戦えば先陣に立ちたいと願い出た。礼はきわめて低く、言葉はきわめて従順で、背く心などまるで見えなかった。それでいて、三千の兵で夫差を姑胥で捕らえた。この四つの型は、よく見極めなければならない。
解説
勾践の従順は演技でしたが、演技だと見破る手がかりは何一つ差し出されていません。礼も言葉も貢ぎ物も、すべて本物だったからです。「其の離叛の心 遠し」——外から見えるものだけを見れば、そう判断するほかなかった。四つの型が並べ終わります。似て非なるもの、似ずして是なるもの、そう見えてそうでないもの、そうでなくてそう見えるもの。外形からは決まらない、という一点で四つとも同じです。
この章句が説くこと
越王句践吳王夫差に卑下し身は臣と為り妻は妾と為る四時の祭祀を奉じ春秋の貢職を入れ社稷を委ね民力を効す礼甚だ卑しく辞甚だ服す其の離叛の心遠し然れども甲卒三千人にして以て夫差を姑胥に擒う此の四策なる者は審らかにせざる可からざるなり偽装
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