淮南子 / 道應訓
越王勾踐與呉戰而不勝,國破身亡,困於會稽。忿心張膽,氣如湧泉,選練甲卒,赴火若滅。然而請身爲臣,妻爲妾,親執戈,爲呉兵先馬走,果禽之於幹遂。故老子曰:「柔之勝剛也,弱之勝強也,天下莫不知,而莫之能行。」越王親之,故霸中國。
新字:越王勾践与呉戦而不勝,国破身亡,困於会稽。忿心張胆,気如湧泉,選練甲卒,赴火若滅。然而請身為臣,妻為妾,親執戈,為呉兵先馬走,果禽之於幹遂。故老子曰:「柔之勝剛也,弱之勝強也,天下莫不知,而莫之能行。」越王親之,故覇中国。
書き下し
越王勾踐 呉と戰いて勝たず、國 破れ身 亡び、會稽に困しむ。忿心 膽を張り、氣は湧泉の如く、甲卒を選練し、火に赴くこと滅するが若し。然れども身は臣爲り、妻は妾爲らんことを請い、親ら戈を執りて、呉兵の爲に先馬して走る。果たして之を幹遂に禽にす。故に老子曰く、「柔の剛に勝つや、弱の強に勝つや、天下 知らざる莫くして、之を能く行う莫し」と。越王 之に親しむ、故に中國に霸たり。
現代語訳
越王勾践は呉と戦って勝てず、国は破れ身は滅び、会稽で追い詰められた。憤りが肝を張り、気は湧き出る泉のようで、精鋭を選び鍛え、火に飛び込むように向かおうとした。それでも、自分は臣となり妻は召使いとなりたいと願い出て、自ら戈を執って呉の兵の先駆けとして走った。そしてついに幹遂で呉王を捕らえた。だから老子は言った、「柔らかいものが剛いものに勝ち、弱いものが強いものに勝つことは、天下に知らない者はないのに、行える者がいない」。越王はそれを実際に行った、だから中原の覇者となった。
解説
会稽で追い詰められたときの勾践は、怒りで煮えたぎっていました。「忿心 膽を張り、氣は湧泉の如く」。それでも選んだのは、自分が臣となり妻を差し出し、敵の馬前を走ることでした。老子の一句が続きます。柔が剛に勝つことは誰でも知っているのに、誰も行えない。知識としては共有されていて、実行だけが稀だ、と。勾践は「之に親しむ」、つまり実際にやった。だから覇者になった、と結ばれます。
この章句が説くこと
越王勾践呉と戦いて勝たず会稽に困しむ忿心胆を張り気は湧泉の如し身は臣為り妻は妾為らんことを請い親ら戈を執りて呉兵の為に先馬して走る柔の剛に勝つや弱の強に勝つや天下知らざる莫くして之を能く行う莫し越王之に親しむ故に中国に覇たり忍耐
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