淮南子 / 人間訓
何謂若然而不然?子發為上蔡令,民有罪當刑,獄斷論定,決於令尹前,子發喟然有悽愴之心。罪人已刑而不忘其恩。此其後,子發盤罪威王而出奔。刑者遂襲恩者,恩者逃之於城下之廬。追者至,踹足而怒曰:「子發視決吾罪而被吾刑,怨之憯於骨髓。使我得其肉而食之,其知厭乎!」追者以為然而不索其內,果活子發。此所謂若然而不然者。
新字:何謂若然而不然?子発為上蔡令,民有罪当刑,獄断論定,決於令尹前,子発喟然有悽愴之心。罪人已刑而不忘其恩。此其後,子発盤罪威王而出奔。刑者遂襲恩者,恩者逃之於城下之廬。追者至,踹足而怒曰:「子発視決吾罪而被吾刑,怨之憯於骨髄。使我得其肉而食之,其知厭乎!」追者以為然而不索其内,果活子発。此所謂若然而不然者。
書き下し
何をか然るが若くして然らずと謂う。子發 上蔡の令と爲る。民に罪有りて刑に當たる。獄斷 論定まりて、令尹の前に決す。子發 喟然として悽愴の心有り。罪人 已に刑せられて其の恩を忘れず。此れより後、子發 罪を威王に盤して出奔す。刑者 遂に恩者を襲い、恩者 之を城下の廬に逃す。追う者 至る。足を踹みて怒りて曰く「子發 吾が罪を決するを視て吾が刑を被らしむ。之を怨むこと骨髓よりも憯し。我をして其の肉を得て之を食らわしめば、其れ厭くを知らんや」と。追う者 以て然りと爲して其の內を索めず。果たして子發を活かす。此れ所謂 然るが若くして然らざる者なり。
現代語訳
そう見えてそうでないとはどういうことか。子発が上蔡の令となった。民に罪があって刑にあたる者がいた。裁きが定まり、令尹の前で判決が下された。子発ははっと悲しみの色を浮かべた。罪人は刑を受けてなお、その情けを忘れなかった。その後、子発は威王に罪を問われて出奔した。刑を受けた男は恩人を迎えに走り、城下の小屋に匿った。追手が来た。男は足を踏み鳴らして怒って言った。「子発は、おれの罪が決まるのを見ておきながら刑を受けさせた男だ。怨みは骨の髄より深い。あいつの肉を食えたとしても、飽きるものか」。追手はそのとおりだと思って中を探さず、子発は助かった。これがいわゆる「そう見えてそうでない」ものである。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』人間訓何をか罪有りて益々信ぜらると謂う。孟孫 獵して麑を得たり。秦西巴をして持ち歸りて之を烹しめんとす。麑の母 之に隨いて嗁く。秦西巴 忍びずして、縱ちて之に予う。孟孫 歸りて、麑の安くにか在るを求む。秦西巴 對えて曰く「其の母 隨いて啼く。臣 誠に忍びず、竊かに縱ちて之に予えたり」と。孟孫 怒りて、秦西巴を逐う。居ること一年、取りて以て子の傅と爲す。左右曰く「秦西巴は君に罪有り。今 以て子の傅と爲すは、何ぞや」と。孟孫曰く「夫れ一麑にして忍びず。又た何ぞ況んや人に於いてをや」と。此れ罪有りて益々信ぜらるる者と謂うなり。故に趨舍は審らかにせざる可からざるなり。此れ公孫鞅の秦に罪に抵りて、魏に入るを得ざりし所以なり。功は大ならざるに非ざるなり。然れども足を累ねて踐む所無かりしは、不義の故なり。事 或いは之を奪いて反って之に與え、或いは之に與えて反って之を取る。
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