淮南子 / 人間訓
何謂有罪而益信?孟孫獵而得麑,使秦西巴持歸烹之,麑母隨之而嗁。秦西巴弗忍,縱而予之。孟孫歸,求麑安在,秦西巴對曰:「其母隨而啼,臣誠弗忍,竊縱而予之。」孟孫怒,逐秦西巴。居一年,取以為子傅。左右曰:「秦西巴有罪於君,今以為子傅,何也?」孟孫曰:「夫一麑而不忍,又何況於人乎!」此謂有罪而益信者也。故趨舍不可不審也,此公孫鞅之所以抵罪於秦,而不得入魏也。功非不大也,然而累足無所踐者,不義之故也。事或奪之而反與之,或與之而反取之。
新字:何謂有罪而益信?孟孫猟而得麑,使秦西巴持帰烹之,麑母随之而嗁。秦西巴弗忍,縦而予之。孟孫帰,求麑安在,秦西巴対曰:「其母随而啼,臣誠弗忍,竊縦而予之。」孟孫怒,逐秦西巴。居一年,取以為子傅。左右曰:「秦西巴有罪於君,今以為子傅,何也?」孟孫曰:「夫一麑而不忍,又何況於人乎!」此謂有罪而益信者也。故趨舎不可不審也,此公孫鞅之所以抵罪於秦,而不得入魏也。功非不大也,然而累足無所践者,不義之故也。事或奪之而反与之,或与之而反取之。
書き下し
何をか罪有りて益々信ぜらると謂う。孟孫 獵して麑を得たり。秦西巴をして持ち歸りて之を烹しめんとす。麑の母 之に隨いて嗁く。秦西巴 忍びずして、縱ちて之に予う。孟孫 歸りて、麑の安くにか在るを求む。秦西巴 對えて曰く「其の母 隨いて啼く。臣 誠に忍びず、竊かに縱ちて之に予えたり」と。孟孫 怒りて、秦西巴を逐う。居ること一年、取りて以て子の傅と爲す。左右曰く「秦西巴は君に罪有り。今 以て子の傅と爲すは、何ぞや」と。孟孫曰く「夫れ一麑にして忍びず。又た何ぞ況んや人に於いてをや」と。此れ罪有りて益々信ぜらるる者と謂うなり。故に趨舍は審らかにせざる可からざるなり。此れ公孫鞅の秦に罪に抵りて、魏に入るを得ざりし所以なり。功は大ならざるに非ざるなり。然れども足を累ねて踐む所無かりしは、不義の故なり。事 或いは之を奪いて反って之に與え、或いは之に與えて反って之を取る。
現代語訳
罪があってかえって信じられるとはどういうことか。孟孫が狩りをして小鹿を得た。秦西巴に持ち帰って煮させようとした。小鹿の母が後をついてきて鳴いた。秦西巴は忍びなくなって、放して返してやった。孟孫が帰って、小鹿はどこかと尋ねた。秦西巴は答えた。「母鹿がついてきて鳴きました。私はどうしても忍びず、こっそり放して返しました」。孟孫は怒って、秦西巴を追放した。一年たって、呼び戻して我が子の守り役にした。側近が言った。「秦西巴は君に罪を犯した者です。それを今、若君の傅にするのはなぜですか」。孟孫は言った。「一頭の小鹿にさえ忍びなかった男だ。まして人に対してならなおさらだろう」。これが「罪があってかえって信じられる」である。だから進むと退くは、よく見定めなければならない。これが公孫鞅が秦で罪に問われ、魏にも入れなかった理由である。功が大きくなかったのではない。それでも足を重ねて踏み出す場がなかったのは、義に外れていたからである。事には、奪っておいてかえって与えるものがあり、与えておいてかえって取り上げるものがある。
解説
この章句が説くこと
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