淮南子 / 人間訓
太宰嚭甚悅之,欲薦之於王。子貢曰:「子不能行說於王,奈何吾因子也!」太宰嚭曰:「子焉知嚭之不能也?」子貢曰:「衛君之來也,衛國之半曰,不若朝於晉;其半曰,不若朝於吳。然衛君以為吳可以歸骸骨也,故束身以受命。今子受衛君而囚之,又欲流之於海,是賞言朝於晉者,而罰言朝於吳也。且衛君之來也,諸侯皆以為蓍龜兆。今朝於吳而不利,則皆移心於晉矣。子之欲成霸王之業,不亦難乎!」太宰嚭入,復之於王。王報出令於百官曰:「比十日,而衛君之禮不具者死!」子貢可謂知所以說矣。
新字:太宰嚭甚悦之,欲薦之於王。子貢曰:「子不能行説於王,奈何吾因子也!」太宰嚭曰:「子焉知嚭之不能也?」子貢曰:「衛君之来也,衛国之半曰,不若朝於晋;其半曰,不若朝於呉。然衛君以為呉可以帰骸骨也,故束身以受命。今子受衛君而囚之,又欲流之於海,是賞言朝於晋者,而罰言朝於呉也。且衛君之来也,諸侯皆以為蓍亀兆。今朝於呉而不利,則皆移心於晋矣。子之欲成覇王之業,不亦難乎!」太宰嚭入,復之於王。王報出令於百官曰:「比十日,而衛君之礼不具者死!」子貢可謂知所以説矣。
書き下し
太宰嚭 甚だ之を悅び、之を王に薦めんと欲す。子貢曰く「子 說を王に行う能わず。奈何ぞ吾 子に因らんや」と。太宰嚭曰く「子 焉んぞ嚭の能わざるを知る」と。子貢曰く「衛君の來るや、衛國の半ばは曰く、晉に朝するに若かずと。其の半ばは曰く、吳に朝するに若かずと。然れども衛君 以て吳は骸骨を歸す可しと爲す。故に身を束ねて以て命を受く。今 子 衛君を受けて之を囚え、又た之を海に流さんと欲す。是れ晉に朝せんと言う者を賞して、吳に朝せんと言う者を罰するなり。且つ衛君の來るや、諸侯 皆な以て蓍龜の兆と爲す。今 吳に朝して利あらずんば、則ち皆な心を晉に移さん。子の霸王の業を成さんと欲するも、亦た難からずや」と。太宰嚭 入りて、之を王に復す。王 報じて令を百官に出だして曰く「十日に比べて、衛君の禮 具わらざる者は死せん」と。子貢は說く所以を知ると謂う可し。
現代語訳
太宰の嚭はたいそう子貢を気に入り、王に推挙しようとした。子貢は言った。「あなたは王に説くことができない。どうして私があなたを頼れましょう」。太宰の嚭は言った。「なぜ私にできないと分かる」。子貢は言った。「衛の君が来るとき、衛の国では半分が、晋に朝見したほうがよいと言い、半分が、呉に朝見したほうがよいと言いました。それでも衛君は、呉なら骨を返してもらえる——身の安全は保たれると考え、身を慎んで命に従ったのです。いまあなたは衛君を受け入れておいて捕らえ、さらに海に流そうとしている。これは晋に朝見せよと言った者に賞を与え、呉に朝見せよと言った者を罰するのと同じです。それに衛君が来たことを、諸侯はみな占いの兆しと見ています。呉に朝見して利がないとなれば、みな心を晋に移すでしょう。あなたが覇王の業を成そうとしても、難しいのではありませんか」。太宰の嚭は中に入り、王に伝えた。王は返答として百官に令を出した。「十日以内に、衛君への礼が整っていない者は死罪とする」。子貢は説き方を知っていたというべきである。
解説
この章句が説くこと
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・利あらざるものは必ず害あり以上論ずるところを概すれば、今の世の学者、この国の独立を助けなさんとするに当たりて、政府の範囲に入り官にありて事をなすと、その範囲を脱して私立するとの利害得失を述べ、本論は私立に左袒したるものなり。すべて世の事物をくわしく論ずれば、利あらざるものは必ず害あり、得あらざるものは必ず失あり、利害得失相半ばするものはあるべからず。わが輩もとよりためにするところありて私立を主張するにあらず、ただ平生の所見を証してこれを論じたるのみ。世人もし確証を掲げてこの論説を排し、明らかに私立の不利を述ぶる者あらば、余輩は悦んでこれに従い、天下の害をなすことなかるべし。
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『呻吟語』内篇・應務・卑は恭を學ばず、貧は儉を學ばず謙忍は皆な尊に居るの道なり。儉樸は皆な富に居るの道なり。故に曰く、卑は恭を學ばず、貧は儉を學ばずと。
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『墨子』非儒下民を存す。是に於いて其の禮を厚くし、其の封を留め、敬して見るも其の道を問わず。孔丘、乃ち景公と晏子とに志怒し、乃ち鴟夷子を樹てて田常の門に及ぼし、南郭子に欲する所を為すを告げ、魯に歸る。頃有りて、齊の将に魯を伐たんとするを間き、子貢に告げて曰く、「賜や、大事を今の時に舉げん」と。乃ち子貢を齊に遣わし、南郭惠子に因りて以て田常に見え、之に吳を伐つを勸め、以て髙・國・鮑・晏を教え、田常の亂を害するを得ざらしめ、越に吳を伐つを勸む。三年の内、齊・吳、國を破るの難あり、伏尸は術數を以て言う。孔丘の誅なり。
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『呻吟語』内篇・應務・慎果の二字、明哲の二字士君子大事に當たる時、人に先んじて任ずるは、當に慎果の二字を知るべし。人に從ひて行ふは、當に明哲の二字を知るべし。明哲は難を避くるに非ず。事に裨無くして只だ自ら沒するのみなればなり。
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『後世への最大遺物』第二回・青年が青年らしくないことを書くなにゆえにつまらないかというに、あの雑誌のなかに名論卓説がないからつまらないというのではありません。あの雑誌のつまらないわけは、青年が青年らしくないことを書くからです。青年が学者の真似をして、つまらない議論をあっちからも引き抜き、こっちからも引き抜いて、それを鋏と糊とでくっつけたような論文を出すから読まないのです。もし青年が青年の心のままを書いてくれたならば、私はこれを大切にして、年の終りになったら立派に表装して、私の書函のなかのもっとも価値あるものとして遺しておきましょうと申しました。それからその雑誌はだいぶ改良されたようであります。それです、私は名論卓説を聴きたいのではない。

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