淮南子 / 人間訓
昔者,衛君朝於吳,吳王囚之,欲流之於海。說者冠蓋相望,而弗能止。魯君聞之,撤鐘鼓之縣,縞素而朝。仲尼入見曰:「君胡為有憂色?」魯君曰:「諸侯無親,以諸侯為親。大夫無黨,以大夫為黨。今衛君朝於吳王,吳王囚之而欲流之於海。孰意衛君之仁義而遭此難也!吾欲免之而不能,為奈何?」仲尼曰:「若欲免之,則請子貢行。」魯君召子貢,授之將軍之印,子貢辭曰:「貴無益於解患,在所由之道。」斂躬而行,至於吳,見太宰嚭。
新字:昔者,衛君朝於吳,吳王囚之,欲流之於海。説者冠蓋相望,而弗能止。魯君聞之,撤鐘鼓之県,縞素而朝。仲尼入見曰:「君胡為有憂色?」魯君曰:「諸侯無親,以諸侯為親。大夫無党,以大夫為党。今衛君朝於吳王,吳王囚之而欲流之於海。孰意衛君之仁義而遭此難也!吾欲免之而不能,為奈何?」仲尼曰:「若欲免之,則請子貢行。」魯君召子貢,授之将軍之印,子貢辞曰:「貴無益於解患,在所由之道。」斂躬而行,至於吳,見太宰嚭。
書き下し
昔者、衛君 吳に朝す。吳王 之を囚え、之を海に流さんと欲す。說く者 冠蓋 相い望むも、止むる能わず。魯君 之を聞き、鐘鼓の縣を撤し、縞素して朝す。仲尼 入り見えて曰く「君 胡爲れぞ憂色有る」と。魯君曰く「諸侯に親無く、諸侯を以て親と爲す。大夫に黨無く、大夫を以て黨と爲す。今 衛君 吳王に朝するに、吳王 之を囚えて海に流さんと欲す。孰か衛君の仁義にして此の難に遭わんと意わんや。吾 之を免れしめんと欲するも能わず。奈何と爲さん」と。仲尼曰く「若し之を免れしめんと欲せば、則ち子貢を行かしむるを請う」と。魯君 子貢を召し、之に將軍の印を授く。子貢 辭して曰く「貴きは患を解くに益無し。由る所の道に在り」と。躬を斂めて行き、吳に至り、太宰嚭に見ゆ。
現代語訳
昔、衛の君が呉に朝見した。呉王はこれを捕らえ、海の彼方へ流そうとした。説きに行く者の冠と車蓋が連なって見えるほどだったが、誰も止められなかった。魯の君はこれを聞いて、鐘や鼓を架台から下ろし、白い喪服のような姿で朝廷に出た。仲尼が入って会い、「君はどうして憂え顔なのですか」と言った。魯の君は言った。「諸侯には身内がなく、諸侯を身内とする。大夫には仲間がなく、大夫を仲間とする。いま衛の君が呉王に朝見したのに、呉王は捕らえて海に流そうとしている。仁義の人である衛君がこんな難に遭うとは誰が思っただろう。助けたいができない。どうすればよいか」。仲尼は言った。「助けたいなら、子貢を行かせてください」。魯の君は子貢を呼び、将軍の印を授けた。子貢は辞退して言った。「位が高いことは、憂いを解くのに役立ちません。拠って行く道にあります」。身なりを整えて出発し、呉に着いて、太宰の嚭に会った。
解説
この章句が説くこと
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