淮南子 / 人間訓
今捲捲然守一節,推一行,雖以毀碎滅沉,猶且弗易者,此察於小好,而塞於大道也。趙宣孟活飢人於委桑之下,而天下稱仁焉;荊佽非犯河中之難,不失其守,而天下稱勇焉;是故見小行則可以論大體矣。田子方見老馬於道,喟然有志焉,以問其御曰:「此何馬也?」其御曰:「此故公家畜也。老罷而不為用,出而鬻之。」田子方曰:「少而貪其力,老而棄其身,仁者弗為也。」束帛以贖之。罷武聞之,知所歸心矣。
新字:今捲捲然守一節,推一行,雖以毀砕滅沈,猶且弗易者,此察於小好,而塞於大道也。趙宣孟活飢人於委桑之下,而天下称仁焉;荊佽非犯河中之難,不失其守,而天下称勇焉;是故見小行則可以論大体矣。田子方見老馬於道,喟然有志焉,以問其御曰:「此何馬也?」其御曰:「此故公家畜也。老罷而不為用,出而鬻之。」田子方曰:「少而貪其力,老而棄其身,仁者弗為也。」束帛以贖之。罷武聞之,知所帰心矣。
書き下し
今 捲捲然として一節を守り、一行を推し、毀碎滅沉すと雖も、猶お且つ易えざる者は、此れ小好に察かにして、大道に塞がるなり。趙宣孟 飢人を委桑の下に活かして、天下 仁を稱す。荊の佽非 河中の難を犯して、其の守を失わずして、天下 勇を稱す。是の故に小行を見れば則ち以て大體を論ず可し。田子方 老馬を道に見て、喟然として志有り。以て其の御に問いて曰く「此れ何の馬ぞや」と。其の御曰く「此れ故 公家の畜なり。老い罷れて用を爲さず。出だして之を鬻ぐ」と。田子方曰く「少くして其の力を貪り、老いて其の身を棄つるは、仁者の爲さざるなり」と。束帛もて以て之を贖う。罷武 之を聞き、心を歸する所を知れり。
現代語訳
いま、かたくなに一つの節を守り、一つのやり方を押し通し、砕けて沈むことになっても変えない者は、小さな好みには目が利いて、大きな道には塞がっている。趙宣孟は飢えた人を桑の木の下で助けて、天下が仁と称えた。楚の佽非は河の中の難に立ち向かって守りを失わず、天下が勇と称えた。だから小さな行いを見れば、大きな人となりを論じることができる。田子方が道で老いた馬を見て、ため息をついて思うところがあった。御者に尋ねた。「これは何の馬か」。御者は言った。「これはもと公家で飼っていた馬です。年老いて疲れ、役に立たなくなったので、外に出して売るのです」。田子方は言った。「若いうちはその力を貪り、老いればその身を捨てる。仁者のしないことだ」。絹を束にして買い取った。疲れた武人たちはこれを聞いて、心を寄せるべき先を知った。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『講孟余話』告子上 第十一章仁は人の心なり、義は人の路なり。是等の語能々味ふべし。仁は即ち人の心、人の心は即ち仁なり。程子の所謂「満腔子惻隠の心」と云ふ是なり。人の心を一々省察せば、仁の外に出づることなし。忠孝友悌衆善行の如きは言を待たず。乃ち不善不正に至りても、其の由りて起る所は仁に非ざるなし。但其の過不及ありて義に合はざるや、遂に不仁にも至るなり。故に人心の根本を尋ね出せば、仁の一字尽せり。義は即ち人の行く所、人の行く所即ち義なり。君子小人ともに、日々行く所義に出でざるはなし。若し義に非ざれば必ず今日が通用せざる者なり。
-
『洗心洞箚記』卷下・第七十九條或ひと梁恵王曰く寡人の国に於けるやの章の義を問ふ。曰く、恵王の尽心と、後章の其の心を尽くす者は其の性を知るなりの尽心とは、字同じくして旨異なり。如し先づ之を弁ぜずして、一章の義を解すれば、則ち無数の言語を費して、天理人欲、終に分暁なること能はざるなり。夫れ恵王の尽心は、即ち人心を尽くす者なり。人心は、便ち是れ人欲にして不仁なり。恵王の戦を好むの心は、乃ち人欲の中尤も不仁なる者なり。人欲の中尤も不仁なるの心を尽くして、飢民を転遷し以て其の多少を計較す。要するに一身を肥やして独楽を極めんと欲する者なり。盗賊の心と奚を以て異ならんや。是の故に終に其の民を糜爛し子弟を駆りて以て之に殉ぜしむ。是れ皆自ら人心を尽くす上より来る。然らば則ち人心を尽くすは、断絶せざるべからざるなり。
-
『慎思録』巻之三師尚父曰く、不仁を以て之を得、不仁を以て之を守れば、必ず其の世に及ぶ、と。篤信謂ふ、所謂其の世に及ぶとは、一世にして亡ぶを言ふなり。本邦豊臣氏の起るは、所謂不仁を以て之を得、不仁を以て之を守る者なり。故に一世にして亡ぶ。夫れ不仁なれば則ち天怒り人悪む。故に得ると雖も必ず之を失ふ者は、天意人心の与せざる所なり。足利尊氏の簒奪の如きは、固より不仁を以て之を得と謂ふべし。然れども寛宥容物の度有り。不仁を以て之を守る者は、未だ秀吉の甚しきが如きに至らず。故に其の子孫綿綿として、十三世二百余年に至る。其の間存するが若く亡ぶるが若く、危乱熄まず。是れ亦天人の与せざる所以なり。
-
『新書』連語紂は、天子の後なり、天下を有して宜しく然るべし。苟くも道に背き義を棄て、敬慎を釈てて驕肆を行えば、則ち天下の人、其の之に離るること崩るるが若く、其の之に背くや約せずして期するが若し。夫れ人主たる者、誠に奈何ぞ慎まざらんや。紂将に武王と戦わんとし、紂其の卒を陳ね、左臆右臆、之を鼓するも進まず、皆其の刃を還して、顧みて以て紂に鄉う。紂走りて寝廟の上に還り、身ら闘いて死す、左右肯て助けず。紂の官衛紂の躯を輿して、之を玉門の外に棄つ。民の観る者皆進みて之を蹴り、其の腹を蹈み、其の腎を蹶し、其の肺を践み、其の肝を履む。周の武王乃ち人をして帷して之を守らしむ、民の観る者帷を搴げて入り、石を提げて之にする者猶お未だ止むを肯んぜず。悲しむ可きなり。夫れ埶は民の主たるに、直ちに民と仇を為し、殃忿此くの若し。夫れ民尚お其の躯を践盤す、而るを況んや其の民を有ち政教するをや。羞ずること甚だし。臣竊かに之を聞くに曰く、「善は小にして益無しと謂う可からず、不善は小にして傷無しと謂う可からず」と。夫れ牛の胎と為るや、細きこと鼷鼠の若し、紂の天下を損ずるは、象箸自り始まる。故に小悪も大悪も一類なり、過敗小なりと雖も、皆紂の罪なり。周諺に曰く、「前車覆れば後車戒む」と。
-
言志四録・言志録 第百八十一条 勢に因りて利導す人情の気機は、一定を以て求むべからず。之を誘へば勧み、之を禁ずれば遏む、順なり。之を導けば反つて阻み、之を抑ふれば益揚る、逆なり。是の故に駕馭の道は、当に其の向背を察し、其の軽重を審らかにし、勢に因りて之を利導し、機に応じて之を激励し、其をして自ら其の然る所以を覚えざらしむべし。此れを之れ得たりと為す。
-
史記 高祖本紀初め、項羽宋義と北のかた趙を救ふ、項羽の宋義を殺し、代はりて上将軍と為るに及び、諸将黥布皆属し、秦の将王離の軍を破り、章邯を降し、諸侯皆附く。趙高已に二世を殺すに及び、人をして来らしめ、約して関中に分王せんと欲す。沛公以て詐りと為し、乃ち張良の計を用ゐ、酈生・陸賈をして往きて秦の将に説き、啗はすに利を以てせしめ、因りて武関を襲攻し、之を破る。又秦の軍と藍田の南に戦ひ、益々疑兵の旗幟を張り、諸々の過ぐる所掠鹵するを得る毋からしむ、秦人喜び、秦の軍解く、因りて大いに之を破る。又其の北に戦ひ、大いに之を破る。勝ちに乗じて、遂に之を破る。漢の元年十月、沛公の兵遂に諸侯に先んじて霸上に至る。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る