淮南子 / 人間訓
申菽、杜茞,美人之所懷服也,及漸之於滫,則不能保其芳矣。古者,五帝貴德,三王用義,五霸任力。今取帝王之道,而施之五霸之世,是由乘驥逐人於榛薄,而蓑笠盤旋也。今霜降而樹穀,冰泮而求穫,欲其食則難矣。故易曰「潛龍勿用」者,言時之不可以行也。故「君子終日乾乾,夕惕若厲,無咎」。終日乾乾,以陽動也;夕惕若厲,以陰息也。因日以動,因夜以息,唯有道者能行之。
新字:申菽、杜茞,美人之所懐服也,及漸之於滫,則不能保其芳矣。古者,五帝貴徳,三王用義,五覇任力。今取帝王之道,而施之五覇之世,是由乗驥逐人於榛薄,而蓑笠盤旋也。今霜降而樹穀,冰泮而求穫,欲其食則難矣。故易曰「潜竜勿用」者,言時之不可以行也。故「君子終日乾乾,夕惕若厲,無咎」。終日乾乾,以陽動也;夕惕若厲,以陰息也。因日以動,因夜以息,唯有道者能行之。
書き下し
申菽・杜茞は、美人の懷服する所なり。之を滫に漸せば、則ち其の芳を保つ能わず。古者、五帝は德を貴び、三王は義を用い、五霸は力に任ず。今 帝王の道を取りて、之を五霸の世に施すは、是れ驥に乘りて人を榛薄に逐い、蓑笠して盤旋するに由るなり。今 霜 降りて穀を樹え、冰 泮けて穫るを求む。其の食を欲するは則ち難し。故に易に曰く「潛龍 用うる勿かれ」とは、時の以て行う可からざるを言うなり。故に「君子は終日 乾乾たり、夕べに惕若として厲きも、咎無し」と。終日 乾乾たるは、陽を以て動けばなり。夕べに惕若として厲きは、陰を以て息えばなり。日に因りて以て動き、夜に因りて以て息うは、唯だ道有る者のみ能く之を行う。
現代語訳
申菽や杜茞といった香草は、美しい人が懐に入れて身につけるものだ。だがそれを臭い汁に浸せば、香りを保てない。昔、五帝は徳を貴び、三王は義を用い、五覇は力に頼った。いま帝王の道を取ってきて五覇の世に施すのは、駿馬に乗って藪の中で人を追い、蓑と笠をつけたまま旋回するようなものだ。霜が降りてから穀物を蒔き、氷が解けてから刈り入れを求める。それで食べようというのは難しい。だから『易』に「潜む龍は用いるな」とあるのは、時がそれを行えるものでないことを言う。また「君子は終日つとめ励み、夕べには危ぶむように慎めば、咎はない」とある。終日つとめ励むのは、陽によって動くからである。夕べに危ぶむように慎むのは、陰によって休むからである。昼に応じて動き、夜に応じて休むことは、道を得た者だけが行える。
解説
この章句が説くこと
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