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淮南子 / 人間訓

仁者,百姓之所慕也;義者,眾庶之所高也。為人之所慕,行人之所高,此嚴父之所以教子,而忠臣之所以事君也。然世或用之而身死國亡者,不同於時也。昔徐偃王好行仁義,陸地之朝者三十二國。

新字:仁者,百姓之所慕也;義者,眾庶之所高也。為人之所慕,行人之所高,此厳父之所以教子,而忠臣之所以事君也。然世或用之而身死国亡者,不同於時也。昔徐偃王好行仁義,陸地之朝者三十二国。

書き下し

仁なる者は、百姓の慕う所なり。義なる者は、眾庶の高しとする所なり。人の慕う所を爲し、人の高しとする所を行うは、此れ嚴父の子を教うる所以にして、忠臣の君に事うる所以なり。然れども世 或いは之を用いて身 死し國 亡ぶる者は、時を同じくせざればなり。昔 徐の偃王 仁義を行うを好み、陸地の朝する者 三十二國。

現代語訳

仁とは、民が慕うものである。義とは、人々が高しとするものである。人が慕うものを行い、人が高しとするものを行う。これは厳格な父が子に教えることであり、忠臣が君に仕えるよりどころである。それなのに、世にはこれを用いて身が死に国が滅びた者がある。時が同じでなかったからである。昔、徐の偃王は仁義を行うのを好み、陸路で朝見に来る国が三十二もあった。

解説

仁も義も、誰もが正しいと認めるものです。だからこそ、父は子に教え、臣は君に仕える。その正しいものを行って国が滅びることがある、という一文がここに置かれます。理由は中身ではなく「時を同じくせざればなり」。徐の偃王には三十二国が朝見していました。ここまでは成功譚です。次の章で何が起きるかが、この篇の主題になります。

この章句が説くこと

仁なる者は百姓の慕う所なり義なる者は眾庶の高しとする所なり人の慕う所を為し人の高しとする所を行う此れ厳父の子を教うる所以にして忠臣の君に事うる所以なり世或いは之を用いて身死し国亡ぶる者は時を同じくせざればなり昔徐の偃王仁義を行うを好み陸地の朝する者三十二国仁義

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