淮南子 / 人間訓
事或為之,適足以敗之;或備之,適足以致之。何以知其然也?秦皇挾錄圖,見其傳曰:「亡秦者,胡也。」因發卒五十萬,使蒙公、楊翁子將,築脩城,西屬流沙,北擊遼水,東結朝鮮,中國內郡輓車而餉之。又利越之犀角、象齒、翡翠、珠璣,乃使尉屠睢發卒五十萬,為五軍,一軍塞鐔城之嶺,一軍守九疑之塞,一軍處番禺之都,一軍守南野之界,一軍結餘干之水,三年不解甲弛弩,使監祿無以轉餉,又以卒鑿渠而通糧道,以與越人戰,殺西嘔君譯吁宋。而越人皆入叢薄中,與禽獸處,莫肯為秦虜。相置桀駿以為將,而夜攻秦人,大破之,殺尉屠睢,伏尸流血數十萬。乃發適戍以備之。
新字:事或為之,適足以敗之;或備之,適足以致之。何以知其然也?秦皇挟録図,見其伝曰:「亡秦者,胡也。」因発卒五十万,使蒙公、楊翁子将,築脩城,西属流沙,北擊遼水,東結朝鮮,中国内郡輓車而餉之。又利越之犀角、象齒、翡翠、珠璣,乃使尉屠睢発卒五十万,為五軍,一軍塞鐔城之嶺,一軍守九疑之塞,一軍処番禺之都,一軍守南野之界,一軍結余干之水,三年不解甲弛弩,使監禄無以転餉,又以卒鑿渠而通糧道,以与越人戦,殺西嘔君訳吁宋。而越人皆入叢薄中,与禽獣処,莫肯為秦虜。相置桀駿以為将,而夜攻秦人,大破之,殺尉屠睢,伏尸流血数十万。乃発適戍以備之。
書き下し
事 或いは之を爲して、適々以て之を敗るに足り、或いは之に備えて、適々以て之を致す。何を以て其の然るを知るや。秦皇 錄圖を挾み、其の傳を見るに曰く「秦を亡ぼす者は、胡なり」と。因りて卒五十萬を發し、蒙公・楊翁子をして將たらしめ、脩城を築き、西のかた流沙に屬け、北のかた遼水を擊ち、東のかた朝鮮に結ぶ。中國の內郡 車を輓きて之に餉る。又た越の犀角・象齒・翡翠・珠璣を利とし、乃ち尉屠睢をして卒五十萬を發せしめ、五軍と爲す。一軍は鐔城の嶺を塞ぎ、一軍は九疑の塞を守り、一軍は番禺の都に處り、一軍は南野の界を守り、一軍は餘干の水に結ぶ。三年 甲を解かず弩を弛めず。監祿をして以て餉を轉ずる無からしめ、又た卒を以て渠を鑿ちて糧道を通じ、以て越人と戰い、西嘔の君 譯吁宋を殺す。而して越人 皆な叢薄の中に入り、禽獸と處り、肯えて秦の虜と爲るもの莫し。相い桀駿を置きて以て將と爲し、夜に秦人を攻めて、大いに之を破り、尉屠睢を殺し、伏尸 流血 數十萬。乃ち適戍を發して以て之に備う。
現代語訳
事には、行ってちょうどそれを壊すに十分なものがあり、備えてちょうどそれを招き寄せるものがある。どうしてそうと分かるか。秦の始皇帝は予言の図録を手にし、その伝えに「秦を亡ぼす者は胡なり」とあるのを見た。そこで五十万の兵を発し、蒙公と楊翁子を将として長城を築き、西は流沙に達し、北は遼水を撃ち、東は朝鮮に結んだ。中原の内郡は車を引いて食糧を運んだ。さらに越の犀角・象牙・翡翠・真珠を欲しがり、尉の屠睢に五十万の兵を発せさせ、五軍に分けた。一軍は鐔城の嶺を塞ぎ、一軍は九疑の砦を守り、一軍は番禺の都に置き、一軍は南野の境を守り、一軍は余干の水に陣した。三年のあいだ甲を脱がず弩をゆるめなかった。監禄には食糧を送るすべがなく、兵に運河を掘らせて糧道を通じ、越人と戦い、西嘔の君の訳吁宋を殺した。ところが越人はみな草むらに入り、けものとともに暮らして、誰も秦の捕虜になろうとしなかった。互いに気鋭の者を選んで将とし、夜に秦軍を攻めて大いに破り、尉の屠睢を殺し、倒れた屍と流れた血は数十万に及んだ。そこで罪人を徴発して守りに就かせた。
解説
この章句が説くこと
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孫子・虚実篇故に前に備うれば則ち後寡なく、後に備うれば則ち前寡なし。左に備うれば則ち右寡なく、右に備うれば則ち左寡なし。備えざる所無ければ、則ち寡なからざる所無し。寡なき者は人に備うる者なり、衆き者は人をして己に備えしむる者なり。
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葉隠・聞書第一覺りの士というのは、事に逢って仕(し)たるように、前方に、それぞれの仕様(しよう)を吟味し置いて、その時に出合い、仕果(しはた)す者である。不覺の士というのは、その時に至って前方に穿鑿せぬのは、不覺の士と申す。
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孟子・公孫丑章句上孟子曰く、「仁なれば則ち榮え、不仁なれば則ち辱めらる。今辱めらるるを惡んで不仁に居るは、是れ猶ほ濕を惡んで下きに居るがごときなり。如し之を惡まば、徳を貴びて士を尊ぶに如くは莫し。賢者位に在り、能者職に在り、國家閒暇なりとせん。是の時に及びて其の政刑を明らかにせば、大國と雖も、必ず之を畏れん。詩に云う、『天の未だ陰雨せざるに迨(およぶ)んで、彼の桑土を徹(とる)り、牖(ユウ)戶を綢繆す。今此の下民、敢て予を侮どること或らんや。』孔子曰く、『此の詩を為りし者は、其れ道を知れるか。』能く其の國家を治めば、誰か敢て之を侮らん。今國家閒暇なりとせん。是の時に及んで般樂怠敖せば、是れ自ら禍を求むるなり。禍ᐻは己自り之を求めざる者無し。詩に云う『永く言、命を配し、自ら多ᐻを求む。』太甲に曰く、『天の作せる孼は猶ほ違く可し。自ら作せる孼は活く可からず。』此を之れ謂うなり。」
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尚書・說命中惟れ事を事とするに、乃ち其れ備え有り、備え有れば患い無し。
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葉隠・聞書第二前神右衛門(さきがみうえもん)は沓(くつ)草鞋作り候事上手にて候。組被官(くみひかん)抱え候時も、「草鞋作り候や、この細工成らざる者は足もたずなり。」と申し候。又一里外へは、一人一升の兵糧を袋に入れ、附けさせ候。それ故、浅黄木綿(あさぎもめん)の袋数多(あまた)作り置き候。まず、一升ずつさえあれば、その内に才覚(さいかく)成り申し候。太閤様(たいこうさま)名護屋(なごや)御下向(ごげこう)の時、朱鞘(しゅざや)の御大小に、又家康公の御家中の騎馬を太閤様へ御目に懸けられ候由。軍中にて第一の用意なり。今にても第一の用意なり。足半(あしなか)を御懸け候て、成瀬小吉(なるせこきち)紅(くれない)の沓を鞘にかけ候時、上下の数万人の用に立ち候に付て、咎草鞋(とがわらじ)一束もあるまじく候。されば、兼ねて心にかけ用意ある人の用に立ち候。尤(もっと)も作り習い候わで叶わざる儀なり。芝原(しばはら)、山道、川中などにて、草鞋はすべき事なり。足半よく候となり。
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孫子・虚実篇その趨かざる所に出で、その意わざる所に趨く。