淮南子 / 人間訓
今不務使患無生,患生而救之,雖有聖知,弗能為謀耳。患禍之所由來者,萬端無方。是故聖人深居以避辱,靜安以待時。小人不知禍福之門戶,妄動而絓羅網,雖曲為之備,何足以全其身!譬猶失火而鑿池,被裘而用箑也。且唐有萬穴,塞其一,魚何遽無由出?室有百戶,閉其一,盜何遽無從入?夫牆之壞也於隙,劍之折必有齧,聖人見之密,故萬物莫能傷也。太宰子朱侍飯於令尹子國,令尹子國啜羹而熱,投卮漿而沃之。明日,太宰子朱辭官而歸。其僕曰:「楚太宰,未易得也。辭官去之,何也?」子朱曰:「令尹輕行而簡禮,其辱人不難。」明年,伏郎尹而笞之三百。夫仕者先避之,見終始微矣。
新字:今不務使患無生,患生而救之,雖有聖知,弗能為謀耳。患禍之所由来者,万端無方。是故聖人深居以避辱,静安以待時。小人不知禍福之門戸,妄動而絓羅網,雖曲為之備,何足以全其身!譬猶失火而鑿池,被裘而用箑也。且唐有万穴,塞其一,魚何遽無由出?室有百戸,閉其一,盗何遽無従入?夫牆之壊也於隙,剣之折必有齧,聖人見之密,故万物莫能傷也。太宰子朱侍飯於令尹子国,令尹子国啜羹而熱,投卮漿而沃之。明日,太宰子朱辞官而帰。其僕曰:「楚太宰,未易得也。辞官去之,何也?」子朱曰:「令尹軽行而簡礼,其辱人不難。」明年,伏郎尹而笞之三百。夫仕者先避之,見終始微矣。
書き下し
今 患をして生ずること無からしむるに務めず、患 生じて之を救わば、聖知有りと雖も、爲に謀る能わざるのみ。患禍の由りて來る所の者は、萬端にして方無し。是の故に聖人は深く居りて以て辱を避け、靜安にして以て時を待つ。小人は禍福の門戶を知らず、妄りに動きて羅網に絓かる。曲さに之が備えを爲すと雖も、何ぞ以て其の身を全うするに足らんや。譬えば猶お火を失いて池を鑿ち、裘を被て箑を用うるがごときなり。且つ唐に萬穴有り、其の一を塞ぐも、魚 何遽ぞ由りて出づる無からんや。室に百戶有り、其の一を閉ずるも、盜 何遽ぞ從りて入る無からんや。夫れ牆の壞るるや隙に於いてし、劍の折るるや必ず齧有り。聖人は之を見ること密なり。故に萬物 能く傷る莫きなり。太宰子朱 飯に令尹子國に侍す。令尹子國 羹を啜りて熱し、卮漿を投じて之に沃ぐ。明日、太宰子朱 官を辭して歸る。其の僕曰く「楚の太宰、未だ得易からざるなり。官を辭して之を去るは、何ぞや」と。子朱曰く「令尹は行い輕くして禮を簡にす。其の人を辱むること難からず」と。明年、郎尹を伏せて之を笞つこと三百。夫れ仕うる者 先んじて之を避くるは、終始を見ること微なればなり。
現代語訳
いま禍を生ませないことに努めず、禍が生じてから救おうとするなら、聖人の知恵があっても手の打ちようがない。禍の来る道すじは万にして定まりがない。だから聖人は深く身を置いて辱めを避け、静かに落ち着いて時を待つ。小人は禍福の出入り口を知らず、みだりに動いて網にかかる。細かく備えたところで、どうして身を全うできよう。たとえば火事になってから池を掘り、皮衣を着たまま扇を使うようなものだ。それに堤には万の穴があり、一つを塞いでも、魚が出る道がなくなるわけではない。家には百の戸口があり、一つを閉じても、盗人が入る道がなくなるわけではない。塀が壊れるのは隙間からであり、剣が折れるのは必ず刃こぼれからである。聖人はそれを細かく見る。だから万物も傷つけられない。太宰の子朱が令尹の子国の食事に陪席した。令尹の子国は羹をすすって熱かったので、杯の汁を投げ入れて注いだ。翌日、太宰の子朱は官を辞して帰った。その従者が言った。「楚の太宰の職は、そう簡単に得られるものではありません。官を辞して去るのはなぜですか」。子朱は言った。「令尹は振る舞いが軽く、礼を略する。人を辱めることを何とも思わない人だ」。翌年、令尹は郎尹を捕らえて三百回むち打った。仕える者が先んじて避けたのは、始めと終わりを見ることが細かいからである。
解説
この章句が説くこと
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