淮南子 / 人間訓
晉公子重耳過曹,曹君欲見其骿脅,使之袒而捕魚。釐負羈止之曰:「公子非常也。從者三人,皆霸王之佐也。遇之無禮,必為國憂。」君弗聽。重耳反國,起師而伐曹,遂滅之。身死人手,社稷為墟,禍生於袒而捕魚。齊、楚欲救曹,不能存也。聽釐負羈之言,則無亡患矣。
新字:晉公子重耳過曹,曹君欲見其骿脅,使之袒而捕魚。釐負羈止之曰:「公子非常也。従者三人,皆覇王之佐也。遇之無礼,必為国憂。」君弗聴。重耳反国,起師而伐曹,遂滅之。身死人手,社稷為墟,禍生於袒而捕魚。斉、楚欲救曹,不能存也。聴釐負羈之言,則無亡患矣。
書き下し
晉の公子重耳 曹を過ぐ。曹君 其の骿脅を見んと欲し、之をして袒がしめて魚を捕らしむ。釐負羈 之を止めて曰く「公子は常に非ざるなり。從者三人、皆な霸王の佐なり。之に遇うに禮無くんば、必ず國の憂いと爲らん」と。君 聽かず。重耳 國に反り、師を起こして曹を伐ち、遂に之を滅す。身 人手に死し、社稷 墟と爲る。禍は袒がせて魚を捕らしむるに生ず。齊・楚 曹を救わんと欲するも、存する能わざるなり。釐負羈の言を聽かば、則ち亡ぶるの患無からん。
現代語訳
晋の公子重耳が曹を通った。曹の君はその肋骨が一枚につながっているという体を見たがり、肌を脱がせて魚を捕らせた。釐負羈が止めて言った。「公子はただ者ではありません。従者の三人は、みな覇王の補佐となる人物です。無礼な扱いをすれば、必ず国の憂いとなります」。君は聞かなかった。重耳は国に帰り、軍を起こして曹を伐ち、ついに滅ぼした。身は人の手にかかって死に、社稷は廃墟となった。禍は、肌を脱がせて魚を捕らせたことから生まれた。斉も楚も曹を救おうとしたが、存続させられなかった。釐負羈の言葉を聞いていれば、滅びる憂いはなかった。
解説
曹君がしたのは、珍しい体を見たいという出来心だけです。それが亡命中の公子への侮辱になり、十九年後に国が消えました。釐負羈は体つきではなく、従者の三人を見ています。人物を測るなら、連れている人を見ろ、ということでもある。ここまで何章も続いた「小を敬す」の締めくくりが、この一件です。
この章句が説くこと
曹君其の骿脅を見んと欲し之をして袒がしめて魚を捕らしむ公子は常に非ざるなり従者三人皆な覇王の佐なり之に遇うに礼無くんば必ず国の憂いと為らん重耳国に反り師を起こして曹を伐ち遂に之を滅す禍は袒がせて魚を捕らしむるに生ず釐負羈の言を聴かば則ち亡ぶるの患無からん無礼
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