淮南子 / 人間訓
諸御鞅復於簡公曰:「陳成常、宰予二子者,甚相憎也。臣恐其構難而危國也。君不如去一人。」簡公不聽。居無幾何,陳成常果攻宰予於庭中,而弒簡公於朝。此不知敬小之所生也。
新字:諸御鞅復於簡公曰:「陳成常、宰予二子者,甚相憎也。臣恐其構難而危国也。君不如去一人。」簡公不聴。居無幾何,陳成常果攻宰予於庭中,而弒簡公於朝。此不知敬小之所生也。
書き下し
諸御鞅 簡公に復して曰く「陳成常・宰予の二子なる者、甚だ相い憎めり。臣 其の難を構えて國を危うくするを恐る。君 一人を去るに如かず」と。簡公 聽かず。居ること幾何も無く、陳成常 果たして宰予を庭中に攻め、簡公を朝に弒す。此れ小を敬するの生ずる所を知らざるなり。
現代語訳
諸御鞅が簡公に申し上げた。「陳成常と宰予の二人は、たいそう憎み合っております。私は、二人が争いを起こして国を危うくすることを恐れます。君はどちらか一人を去らせるのが一番です」。簡公は聞き入れなかった。いくらもたたないうちに、陳成常は果たして宰予を庭で攻め、簡公を朝廷で弑した。これは小さなことを重んじることから何が生まれるかを知らなかったのである。
解説
この時点では、まだ二人が憎み合っているだけでした。何も起きていない。だから簡公は動かなかった。動かなかった結果、家臣同士の争いが君主の死に届きます。前段の「一指の能く息む所」を、そのまま人事に置き換えた例です。何も起きていないうちに手を打つのは、いつでも過剰に見えます。
この章句が説くこと
陳成常・宰予の二子なる者甚だ相い憎めり臣其の難を構えて国を危うくするを恐る君一人を去るに如かず簡公聴かず陳成常果たして宰予を庭中に攻め簡公を朝に弒す此れ小を敬するの生ずる所を知らざるなり対立
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