淮南子 / 人間訓
費無忌復於荊平王曰:「晉之所以霸者,近諸夏也。而荊之所以不能與之爭者,以其僻遠也。楚王若欲從諸侯,不若大城城父,而令太子建守焉,以來北方,王自收其南。是得天下也。」楚王悅之,因命太子建守城父,命伍子奢傅之。居一年,伍子奢游人於王側,言太子甚仁且勇,能得民心。王以告費無忌,無忌曰:「臣固聞之,太子內撫百姓,外約諸侯,齊、晉又輔之,將以害楚,其事已構矣。」王曰:「為我太子,又尚何求?」曰:「以秦女之事怨王。」王因殺太子建而誅伍子奢。此所謂見譽而為禍者也。
新字:費無忌復於荊平王曰:「晉之所以覇者,近諸夏也。而荊之所以不能与之争者,以其僻遠也。楚王若欲従諸侯,不若大城城父,而令太子建守焉,以来北方,王自収其南。是得天下也。」楚王悅之,因命太子建守城父,命伍子奢傅之。居一年,伍子奢游人於王側,言太子甚仁且勇,能得民心。王以告費無忌,無忌曰:「臣固聞之,太子内撫百姓,外約諸侯,斉、晉又輔之,将以害楚,其事已構矣。」王曰:「為我太子,又尚何求?」曰:「以秦女之事怨王。」王因殺太子建而誅伍子奢。此所謂見誉而為禍者也。
書き下し
費無忌 荊の平王に復して曰く「晉の霸たる所以の者は、諸夏に近ければなり。而して荊の之と爭う能わざる所以の者は、其の僻遠なるを以てなり。楚王 若し諸侯を從えんと欲せば、大いに城父に城きて、太子建をして守らしめ、以て北方を來し、王 自ら其の南を收むるに若かず。是れ天下を得るなり」と。楚王 之を悅び、因りて太子建に命じて城父を守らしめ、伍子奢に命じて之に傅たらしむ。居ること一年、伍子奢 人を王の側に游ばしめ、太子 甚だ仁にして且つ勇、能く民心を得と言わしむ。王 以て費無忌に告ぐ。無忌曰く「臣 固より之を聞けり。太子 內に百姓を撫し、外に諸侯を約す。齊・晉 又た之を輔く。將に以て楚を害せんとす。其の事 已に構われたり」と。王曰く「我が太子と爲る。又た尚お何をか求めん」と。曰く「秦女の事を以て王を怨む」と。王 因りて太子建を殺して伍子奢を誅す。此れ所謂 譽められて禍と爲る者なり。
現代語訳
費無忌が楚の平王に申し上げた。「晋が覇を唱えているのは、中原の諸国に近いからです。楚がそれと争えないのは、辺鄙で遠いからです。楚王がもし諸侯を従えたいとお思いなら、城父に大きな城を築き、太子建に守らせて北方を招き寄せ、王ご自身は南を収められるのが一番です。それで天下を得られます」。楚王は喜んで、太子建に城父を守らせ、伍子奢を守り役に任じた。一年たって、伍子奢は人を王の側に遣わし、太子はたいそう仁があり勇もあり、よく民の心を得ていると言わせた。王はそれを費無忌に告げた。無忌は言った。「私ももとより聞いております。太子は内に民を手なずけ、外に諸侯と約を結び、斉と晋も助けております。楚を害しようとしており、事はすでに整っております」。王は言った。「わが太子である。ほかに何を求めるのか」。「秦の女の一件で王を怨んでおります」。王はそこで太子建を殺し、伍子奢を誅した。これがいわゆる「褒められて禍となる」である。
解説
この章句が説くこと
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