淮南子 / 人間訓
或直於辭而不害於事者,或虧於耳以忤於心而合於實者。高陽魋將為室,問匠人。匠人對曰:「未可也。木尚生,加塗其上,必將撓。以生材任重塗,今雖成,後必敗。」高陽魋曰:「不然。夫木枯則益勁,塗乾則益輕。以勁材任輕塗,今雖惡,後必善。」匠人窮於辭,無以對,受令而為室。其始成,竘然善也,而後果敗。此所謂直於辭而不可用者也。
新字:或直於辞而不害於事者,或虧於耳以忤於心而合於実者。高陽魋将為室,問匠人。匠人対曰:「未可也。木尚生,加塗其上,必将撓。以生材任重塗,今雖成,後必敗。」高陽魋曰:「不然。夫木枯則益勁,塗乾則益軽。以勁材任軽塗,今雖悪,後必善。」匠人窮於辞,無以対,受令而為室。其始成,竘然善也,而後果敗。此所謂直於辞而不可用者也。
書き下し
或いは辭に直くして事に害あらざる者あり、或いは耳に虧けて心に忤いて實に合う者あり。高陽魋 將に室を爲らんとし、匠人に問う。匠人 對えて曰く「未だ可ならざるなり。木 尚お生なり。塗を其の上に加うれば、必ず將に撓まんとす。生材を以て重塗に任ぜば、今 成ると雖も、後 必ず敗れん」と。高陽魋曰く「然らず。夫れ木 枯るれば則ち益々勁く、塗 乾けば則ち益々輕し。勁材を以て輕塗に任ぜば、今 惡しと雖も、後 必ず善からん」と。匠人 辭に窮し、以て對うる無く、令を受けて室を爲る。其の始めて成るや、竘然として善きなり。而して後 果たして敗る。此れ所謂 辭に直くして用う可からざる者なり。
現代語訳
言葉のうえでは筋が通っていて事に害のないものがあり、耳に痛く心に逆らって、しかし実際に合っているものがある。高陽魋が家を建てようとして、大工に尋ねた。大工が答えた。「まだいけません。材木がまだ生木です。その上に土を塗れば、必ず撓みます。生木に重い塗りを負わせれば、いまは形になっても、後で必ず壊れます」。高陽魋が言った。「そうではない。木は乾けばいよいよ強くなり、塗りは乾けばいよいよ軽くなる。強い材に軽い塗りを負わせるのだから、いまは悪くても、後で必ずよくなる」。大工は言葉に詰まって答えられず、命を受けて家を建てた。建った当初は見事な出来だった。そして後になって、果たして壊れた。これがいわゆる「言葉のうえでは筋が通っていて、使えない」ものである。
解説
この章句が説くこと
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