淮南子 / 人間訓
魏將樂羊攻中山,其子執在城中,城中縣其子以示樂羊。樂羊曰:「君臣之義,不得以子為私。」攻之愈急。中山因烹其子,而遺之鼎羹與其首,樂羊循而泣之,曰:「是吾子。」已,為使者跪而啜三杯。使者歸報,中山曰:「是伏約死節者也,不可忍也。」遂降之。為魏文侯大開地,有功。自此之後,日以不信。此所謂有功而見疑者也。
新字:魏将楽羊攻中山,其子執在城中,城中県其子以示楽羊。楽羊曰:「君臣之義,不得以子為私。」攻之愈急。中山因烹其子,而遺之鼎羹与其首,楽羊循而泣之,曰:「是吾子。」已,為使者跪而啜三杯。使者帰報,中山曰:「是伏約死節者也,不可忍也。」遂降之。為魏文侯大開地,有功。自此之後,日以不信。此所謂有功而見疑者也。
書き下し
魏の將 樂羊 中山を攻む。其の子 執えられて城中に在り。城中 其の子を縣けて以て樂羊に示す。樂羊曰く「君臣の義、子を以て私と爲すを得ず」と。之を攻むること愈々急なり。中山 因りて其の子を烹て、之に鼎羹と其の首とを遺る。樂羊 循でて之に泣きて曰く「是れ吾が子なり」と。已みて、使者の爲に跪きて三杯を啜る。使者 歸りて報ずるに、中山曰く「是れ約に伏し節に死する者なり。忍ぶ可からざるなり」と。遂に之に降る。魏の文侯の爲に大いに地を開き、功有り。此れより後、日々に以て信ぜられず。此れ所謂 功有りて疑わるる者なり。
現代語訳
魏の将軍楽羊が中山を攻めた。その子が捕らえられて城の中にいた。城中では子を吊るして楽羊に見せた。楽羊は言った。「君臣の義があり、子だからといって私情にすることはできない」。攻撃はいよいよ激しくなった。中山はそこでその子を煮て、鼎の羹と首とを送りつけた。楽羊は撫でて泣き、「これは我が子だ」と言った。それが済むと、使者の前に跪いて三杯をすすった。使者が帰って報告すると、中山は言った。「これは誓いに伏し節に死ぬ者だ。とても支えきれない」。そしてついに降伏した。楽羊は魏の文侯のために大いに領土を広げ、功があった。だがこれ以後、日ごとに信じられなくなっていった。これがいわゆる「功があって疑われる」である。
解説
この章句が説くこと
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説苑・立節斉人に子蘭子なる者有り。白公勝に事う。勝将に難を為さんとし、乃ち子蘭子に告げて曰わく、「吾将に大事を国に挙げんとす、子と共にせんことを願う」と。子蘭子曰わく、「我子に事えて子と与に君を殺すは、是れ子の不義を助くるなり。患を畏れて子を去るは、是れ子を難に遁るるなり。故に子と与に君を殺して以て吾が義を成さず、領を庭に契りて、以て吾が行いを遂げん」と。
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葉隠・聞書第一敵を討ち取りたるよりは、主の為に死にたるが手柄なり。継信(つぐのぶ)が忠義に知られたり。
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葉隠・聞書第二御位牌(ごいはい)釈迦堂より御移しなされ候を、何某(なにがし)見附け候て、申し達すべきやと、相談申され候に付て、「尤もの事に候。斯様(かよう)の儀は御無用に候。然れども仰せ達せらるる儀は御存じ寄り候人、今時、御手前ならではこれなき事に候。斯様の儀は御存じ寄り候て、申し達すべきやと、相談申され、御手前御外聞(ごがいぶん)よくなり申す事に候。若し相済まざる時は、いよいよ宜しからざる儀と取沙汰仕り、御手前御外聞ばかりよく候。悪事は我が身にかぶり申すこそ当介(とうかい)にて候。今の如くして先づ召し置かれ候時は、誰ぞ気の附き申す者もこれなく、何の沙汰もなく相済み申す事に候。さ候て、何時ぞ、時節次第沙汰なしに、元の如く御直り候様に致す様これあるべく候。」と申し候て、差し留め置き申し候。斯様の事にて、上の御不調法、世間に知れ申す事これある儀に候。心を附け罷り在り候へば、しかと、よき時節がふり来るものに候。大方、悪事は内輪から言い崩すもの、親子兄弟入魂(じっこん)の間などは格別と存じ、隠密沙汰なしなどと申し候て話し候へば、やがてひろがり、後に自国他国日本国に洩れ聞え申す事、間もなきものに候。又下人あたり其の外、内証(ないしょう)にて仕方悪しき人は、やがて世上に悪名唱え申し候。内輪ほど慎み申すべき事なり。