淮南子 / 人間訓
夫孫叔敖之請有寑之丘,沙石之地,所以累世不奪也;晉厲公之合諸侯於嘉陵,所以身死於匠驪氏也。眾人皆知利利而病病也,唯聖人知病之為利,知利之為病也。夫再實之木根必傷,掘藏之家必有殃,以言大利而反為害也。張武教智伯奪韓、魏之地而擒於晉陽,申叔時教莊王封陳氏之後而霸天下。孔子讀《易》至《損》《益》,未嘗不憤然而歎,曰:「益損者,其王者之事與!事或欲以利之,適足以害之;或欲害之,乃反以利之。利害之反,禍福之門戶,不可不察也。」
新字:夫孫叔敖之請有寑之丘,沙石之地,所以累世不奪也;晋厲公之合諸侯於嘉陵,所以身死於匠驪氏也。衆人皆知利利而病病也,唯聖人知病之為利,知利之為病也。夫再実之木根必傷,掘蔵之家必有殃,以言大利而反為害也。張武教智伯奪韓、魏之地而擒於晋陽,申叔時教荘王封陳氏之後而覇天下。孔子読《易》至《損》《益》,未嘗不憤然而嘆,曰:「益損者,其王者之事与!事或欲以利之,適足以害之;或欲害之,乃反以利之。利害之反,禍福之門戸,不可不察也。」
書き下し
夫れ孫叔敖の寑の丘 沙石の地を有たんことを請いしは、世を累ねて奪われざる所以なり。晉の厲公の諸侯を嘉陵に合せしは、身 匠驪氏に死せし所以なり。眾人は皆な利を利とし病を病とするを知るも、唯だ聖人のみ病の利と爲るを知り、利の病と爲るを知るなり。夫れ再び實る木は根 必ず傷み、藏を掘る家は必ず殃有り。大利は反って害と爲るを言うなり。張武 智伯に教えて韓・魏の地を奪わしめて晉陽に擒えられ、申叔時 莊王に教えて陳氏の後を封ぜしめて天下に霸たり。孔子 《易》を讀みて《損》《益》に至るや、未だ嘗て憤然として歎ぜずんばあらず。曰く「益損なる者は、其れ王者の事か。事 或いは以て之を利せんと欲して、適々以て之を害するに足り、或いは之を害せんと欲して、乃ち反って以て之を利す。利害の反、禍福の門戶、察せざる可からざるなり」と。
現代語訳
孫叔敖が寝丘の砂と石の地を願ったのは、代を重ねても奪われなかった理由である。晋の厲公が諸侯を嘉陵に集めたのは、身を匠驪氏の地で死なせた理由である。多くの人は利を利とし、害を害とすることは知っているが、聖人だけが、害が利になり、利が害になることを知っている。二度実った木は必ず根を傷めており、埋蔵金を掘り当てた家には必ず災いがある。大きな利がかえって害になるということである。張武は智伯に韓と魏の地を奪えと教え、智伯は晋陽で捕らえられた。申叔時は荘王に陳氏の後裔を封じよと教え、荘王は天下の覇者となった。孔子は『易』を読んで損と益の卦に至るたび、憤然として嘆かずにはいられなかった。「損益とは、王者の事というべきものだ。あることを利しようとして、かえって害するに十分であり、害そうとして、かえって利することがある。利と害の反転、禍と福の出入り口は、よく見なければならない」と。
解説
この章句が説くこと
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『淮南子』人間訓何をか之を益して損すと謂う。昔 晉の厲公 南のかた楚を伐ち、東のかた齊を伐ち、西のかた秦を伐ち、北のかた燕を伐つ。兵は天下を橫行して綣まる所無く、威は四方を服して詘む所無し。遂に諸侯を嘉陵に合す。氣 充ち志 驕り、淫侈 度無く、萬民に暴虐す。內に輔拂の臣無く、外に諸侯の助け無し。大臣を戮殺し、導諛を親近す。明年 出でて匠驪氏に游ぶや、欒書・中行偃 劫かして之を幽す。諸侯 之を救うこと莫く、百姓 之を哀しむこと莫く、三月にして死す。夫れ戰い勝ち攻め取り、地 廣くして名 尊きは、此れ天下の願う所なり。然れども身 死し國 亡ぶに終わる。此れ所謂 之を益して損する者なり。
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『淮南子』人間訓天下に三危有り。德 少なくして寵 多きは、一の危なり。才 下にして位 高きは、二の危なり。身に大功無くして厚祿を受くるは、三の危なり。故に物 或いは之を損して益し、或いは之を益して損す。何を以て其の然るを知るや。昔者 楚の莊王 既に晉に河・雍の間に勝ち、歸りて孫叔敖を封ぜんとするに、辭して受けず。疽を病みて將に死せんとするや、其の子に謂いて曰く「吾は則ち死せん。王 必ず女を封ぜん。女 必ず肥饒の地を讓りて、沙石の間 寑丘なる者有るを受けよ。其の地は确石にして名 醜し。荊人は鬼とし、越人は禨とす。人 之を利とすること莫きなり」と。孫叔敖 死し、王 果たして其の子を封ずるに肥饒の地を以てす。其の子 辭して受けず、寑の丘を有たんことを請う。楚國の俗、功臣は二世にして爵祿するも、惟だ孫叔敖のみ獨り存す。此れ所謂 之を損して益するなり。
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文子・微明老子曰く、事は或いは之を利せんと欲して、適に以て人を害するに足り、之を害して乃ち以て之を利するに足る。夫れ温を病みて強いて之に食わせ、渇を病みて之に寒を飲ましむるは、此れ衆人の養う所にして、良医の病と為す所なり。目に悦び、心に悦ぶは、愚道の利とする所にして、有道者の避くる所なり。聖人は先に迕いて後に合し、衆人は先に合して後に迕う。故に禍福の門、利害の反は、察せざるべからず。
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『淮南子』泰族訓故に齊の桓公 汶陽の田を亡いて霸たり、智伯 三晉の地を兼ねて亡ぶ。聖人は禍福を重閉の內に見て、患を九拂の外に慮る者なり。原蠶 一歲に再び收むるは、利あらざるに非ざるなり。然れども王法 之を禁ずる者は、其の桑を殘なうが爲なり。離は稻に先んじて熟す。而れども農夫 之を耨るは、小利を以て大獲を傷らざればなり。
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文子・符言老子曰く、徳少なくして寵多き者は譏られ、才下くして位高き者は危うく、大功無くして厚禄有る者は微く、故に物は或いは之を益して損じ、或いは之を損して益す。衆人は皆利を利とするを知りて、病を病とするを知らず。唯だ聖人のみ病の利為るを知り、利の病為るを知る。故に再び実る木は其の根必ず傷つき、蔵を掘る家は其の後必ず殃あり。夫れ大利は反って害と為る、天の道なり。
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『淮南子』泰族訓晉の獻公の驪を伐ちて、其の女を得るは、善からざるに非ざるなり。然れども史蘇 之を歎ずるは、其の四世の禍を被るを見ればなり。吳王夫差 齊を艾陵に破り、晉に黃池に勝つは、捷ならざるに非ず。而れども子胥 之を憂うるは、其の必ず越に禽えらるるを見ればなり。小白 莒に奔り、重耳 曹に奔るは、困せざるに非ざるなり。而れども鮑叔・咎犯 隨いて之を輔くるは、其の與に霸に至る可きを知ればなり。勾踐 會稽に棲み、政を修めて殆らず、謨慮 休まざるは、禍の福と爲るを知ればなり。襄子 再び勝ちて憂色有るは、福の禍と爲るを畏るればなり。

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