淮南子 / 人間訓
堯戒曰:「戰戰慄慄,日慎一日。人莫蹪於山,而蹪於蛭。」是故人皆輕小害,易微事,以多悔。患至而後憂之,是猶病者已惓而索良醫也,雖有扁鵲、俞跗之巧,猶不能生也。夫禍之來也,人自生之;福之來也,人自成之。禍與福同門,利與害為鄰,非神聖人,莫之能分。
新字:堯戒曰:「戦戦慄慄,日慎一日。人莫蹪於山,而蹪於蛭。」是故人皆軽小害,易微事,以多悔。患至而後憂之,是猶病者已惓而索良医也,雖有扁鵲、俞跗之巧,猶不能生也。夫禍之来也,人自生之;福之来也,人自成之。禍与福同門,利与害為鄰,非神聖人,莫之能分。
書き下し
堯の戒に曰く「戰戰慄慄として、日に一日を慎む。人は山に蹪かずして、蛭に蹪く」と。是の故に人は皆な小害を輕んじ、微事を易んじ、以て悔い多し。患 至りて而る後に之を憂うるは、是れ猶お病者 已に惓れて良醫を索むるがごとし。扁鵲・俞跗の巧有りと雖も、猶お生かす能わざるなり。夫れ禍の來るや、人 自ら之を生ず。福の來るや、人 自ら之を成す。禍と福とは門を同じくし、利と害とは鄰を爲す。神聖の人に非ざれば、之を能く分かつこと莫し。
現代語訳
堯の戒めにいう。「おそれ慎んで、日々一日を慎む。人は山にはつまずかず、蟻塚につまずく」と。だから人はみな小さな害を軽んじ、些細なことを侮って、後悔が多い。災いが来てから憂えるのは、病人がすっかり弱ってから名医を探すようなものだ。扁鵲や兪跗の腕があっても、もう生かすことはできない。そもそも禍が来るのは、人が自分で生んだからである。福が来るのも、人が自分で作ったからである。禍と福は同じ門から出入りし、利と害は隣り合っている。聖人でなければ、これを見分けることはできない。
解説
「人は山に蹪かずして、蛭に蹪く」。人が転ぶのは大きな山ではなく、足元の小さな塚です。前章の蟻の穴を受けて、なぜそうなるかが説かれます。大きな危険は身構えるから避けられ、小さなものは軽んじるから踏む。「患 至りて而る後に之を憂うるは、病者 已に惓れて良醫を索むるがごとし」——弱りきってから名医を探しても遅い、という一行がその続きです。
この章句が説くこと
堯の戒に曰く戦戦慄慄として日に一日を慎む人は山に蹪かずして蛭に蹪く人は皆な小害を軽んじ微事を易んじ以て悔い多し患至りて而る後に之を憂うるは是れ猶お病者已に惓れて良医を索むるがごとし禍と福とは門を同じくし利と害とは鄰を為す小事
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